2015/03/02 (Mon) 23:10
この季節が子供の頃から好きだった。
街じゅうにクリスマスツリーが飾り付けられ、きらきらとした光に包まれた。
父の仕事で世界中あちこちを回っていたが、回教圏には行かなかったし、それ以外の場所ではたいていこの時期にはクリスマスの飾り付けがなされた。
いつもクリスマスから十二夜にかけての陽気な期間に向けて、街じゅうがわくわくするのがわかった。
クリスマス休暇には故国スウェーデンに帰り、そこで家族水入らずの時を過ごした。
十五歳の時から住んでいるこの国では十二夜まで祝うことはほとんどないし、12月25日の夜こそ生誕節として家族でおごそかにミサに参列するということを人々は知らない。
代わりに12月31日にはにわかに皆が仏教徒になって百八つの煩悩を祓い、明けて1月1日には神道の信徒になって初日の出を拝み、八百万の神に一年の無病息災を祈るのだ。
祖母が日本人であるとはいえ、この日本人の行動には笑ってしまう。
だが、いつしか彼、美童=グランマニエはクリスマスから正月も日本で過ごすようになっていた。
今年は、ライティングが痛い・・・な。
温かい暖色系の灯り。欧米のような洗練されたデザインのライトアップ。
20年ばかり前の写真を見ると、いかにもアジア的な悪趣味なまでに色とりどりの灯りでごった煮にライトアップしていたらしい。
いっそそんな灯りの中だったらこの痛みも非現実の中に紛れ込ませてしまえたのか?
「クリスマスって幸せって感じよね。」
不意に可憐が頬杖をついて言うものだから、美童は思わず曖昧な笑みを唇に浮かべた。
まあチャーミングで魅力的な彼女のことだから、クリスマスイブを一人で過ごすことなどありえないんだろう。
「デートの予定でも入ってるのか?」
いつものように差し入れの菓子を貪り食いながら悠理が尋ねた。美童と同じことを考えたらしい。
放課後のひと時。これだけは年中ほとんど変わることない生徒会室の風景。
少しだけいつもと違うのは、120センチほどの高さの白いクリスマスツリーが部屋の片隅に飾られていること。派手なことが好きな悠理の主張と、華美になりすぎることを好まない清四郎や野梨子の主張を併せて一昨年可憐が買ってきたものだ。
「・・・みんな誤解してるようだけど、あたし毎年イブはママと過ごすのよ。」
と言いながら、可憐は横目で悠理を睨み、次に一瞬美童を睨み付けた。
「誰かさんみたいにかけもちデートなんて不実なことはしませんから。」
ご丁寧にそう付け加えながら。
そして新年のカウントダウンはここにいる仲間で過ごすのだ。
「まあね。今年もあつぅい夜を過ごさせてもらうよ。」
と、美童はにんまりと微笑んでみせる。いつもの顔だ。いつもの。
案の定、部屋にいる他の五人は耳タコという風情で無視している。
「そういや清四郎とこや野梨子のとこってあんまりクリスマスを祝うってイメージじゃないよな。」
悠理が静かに文庫本に目を通している幼馴染たちのほうへと話題を向ける。
「まあ、特別なことは何もしませんわ。父様が気が向いたらケーキを買ってくるくらいで。」
野梨子は悠理をまっすぐに見ながら答える。
「うちもいつもはちょっと夕食が豪勢になるくらいですね。今年は特別なようだが。」
清四郎は文庫本から目を離さずに答える。
「特別?」
悠理が首をかしげる。清四郎はやっと顔を上げた。
「姉貴が今年は婚約者を連れてくるんです。」
コンヤクシャヲツレテクルンデス。
「うわあ、和子さん、婚約したの!?」
悠理が目を丸くした。
「めでたいな。でもまだ学生だったよな?」
バイク雑誌に目を通していた魅録も身を乗り出す。
「ええ。春には卒業ですけどね。相手は同級生だそうで。国家試験後に結婚式です。」
「じゃあ相手も将来は医者なのね?いい男ゲットしたじゃない!」
可憐が目を輝かせる。
「何を言ってますの。和子さん自身が医者になるのですから、お相手のご職業は関係ないじゃありませんの。」
野梨子が苦笑した。
「まあ、どんな相手でもあの人が幸せならそれにこしたことはありませんよ。」
清四郎が穏やかに笑む。
───人はね、人生のどこかの時点で幸せになるように作られてるのよ。
───日本人にとってはね、ただの年末の一日よ。でも本当の愛がその夜までに結ばれるような気がするのよ。
毒されてるわよね。と彼女は微笑んでいた。
美童は彼女のその微笑と、最後に己の指に絡めた彼女の黒髪のひんやりとした感触を一生忘れないだろう、と思う。
「どうせ和子さんが独身のまんまだったら自分がおもちゃにされ続けるから嫌なだけなんだろう?」
悠理がにやにやしながら清四郎の腕を肘で小突いた。
自分をおもちゃにして遊ぶ男が逆に姉におもちゃにされている姿は、悠理にとっては面白くてたまらない光景だった。
それが見れなくなるのはちょっと残念と言わざるを得ない。
「あの人は結婚しようがすまいが、そういうところは変わらないと思いますけどね。」
清四郎が苦虫を噛み潰した。
「そうそう。招待状はまた出しますけど、式の時には身内だけの祝宴に皆も出席して欲しいそうですよ。僕は止めたんですけど。」
と、思い出したように付け加える。
「絶対行くわよ!和子さんの他の同級生も買いよね!」
可憐が即答する。その様子に野梨子は苦笑しながら、
「私も出席させていただきますわね。和子さんは私にもお姉さんみたいなものですから。」
と言った。
「あたいもいくいく!パーティー大好き!」
と、恐らく清四郎が野梨子以外の倶楽部の連中の出席を押しとどめたい最大の理由である悠理がはきはきと手を上げた。
「無関係な俺らでもいいってなら。」
魅録はやはり控えめだ。
「美童は?」
可憐が問う。
「行かない。」
その声はあまりに無機質に過ぎただろうか?
その声はあまりに温度が低かっただろうか?
即答に他の5人が唖然としているのに気づき、美童は口の端を少しだけ上げながら立ち上がった。
「卒業式のあとは大学の入学式までスウェーデンに帰るんだ。おばあちゃまが寂しがってるからね。」
片目を閉じてからドアの方を向いた。
ドアの前まで来たところで、作った顔を捨てた。
「だから清四郎、クリスマスには二人にお幸せにって伝えといてよ。」
振り向かずに、ドアを開けた。
「もう帰りますの?」
野梨子の問いが聞こえる。
「ん。デート。」
後ろ手にドアを閉めた。
そのまま、足早に校門の外へと向かう。
───残酷だね。あなた。
一月前に別れた恋人の顔が脳裏をよぎる。
───いつまでもこんなことしてられないの。地に足を付けなくちゃ。お互いね。
だって二人とも恋だけに突き動かされていた関係だもの。
ただ、現実から逃げたくて続けていただけだもの。
───あたしは、本当の愛を選ぶの。大丈夫、まだ君は若いんだから、これから本当の愛が見つかるわよ。
あなただって充分若いくせに。
僕のこの気持ちが本当の愛じゃないってなんで言えるのさ。
いつだって、本気で恋をしているのに。
───愛と恋とじゃ、違うのよ。
寂しそうに微笑んだあの顔が、最後だった。
残酷な彼女。
けれど、美童は彼女の幸福を願う。
幸せに、和子さん。幸せになるんだよ。
クリスマスの願い事は叶う?
それならば、彼女の幸福を願おう。
彼女を奪い取りに行きたくならぬよう、彼女の幸福を願おう。
本当の愛からの願いなら、きっと叶うから。
───クリスマスはね、本当の愛が結ばれる夜なのよ。
クリスチャンでもないくせにいい加減なことを言うな。
神なんか信じてないくせにいい加減なことを言うな。
だから、美童は偽りの恋に身を沈める。
和子の幸福を願いながら、偽りの恋人の肌に包まれる。
一月前の別れなど、過去のものだったことにして。
美童が去ったあとの生徒会室。
何事もなかったようにまた雑談を始める面子。
だが野梨子がドアのほうをじっと見つめていることに、悠理は気づいていた。
そして清四郎と目が合うと、苦笑を交し合った。
(2004.11.7)
(2004.11.15公開)
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