2015/03/03 (Tue) 23:05
「常々思っていたが、お前は本当に救いようがないバカだな」
清四郎は諦めたようにふう、と一つため息をつくと、悠理の額をこつんと軽く指の背で叩いた。
「うー、今に始まったことじゃないだろ?だから教えてって言ってるんだ」
悠理は眉根をぐっと寄せながら、清四郎の顔を見上げた。
放課後の生徒会室のそれは、いつもどおりの風景。
元はと言えば、清四郎のせいなのだ。3日前に悠理が数学の小テストで0点を取ってしまったのは。
だけれどなんとなくそれを言い出せないままに今日、同じ内容で再テストがあった。
「で?何点だったんです?」
悠理が珍しくもしおらしく自分から「小テストの結果が悪かったんだ、教えてよ」と言い出したのに対する清四郎の返答はそれだった。
「・・・10点。で、でも50点満点だぞ」
「でも、3日前の小テストと全く同じ問題で、その授業中に答えあわせまであったんですよね?」
そして清四郎はすっと右手を差し出した。悠理は何も言われずとも、己の鞄を開いて答案を彼に渡した。
ちら、と清四郎が答案に視線を走らせる。
部屋の中に緊張が走る。
二人以外の面々はそれぞれ別のことをしているのだが、このような場面では口を挟むことはできないのだ。
いや、いつもと同じようでいつもと条件が違う今日だから、いつも以上の緊張をもたらしているのかもしれない。
それは数秒の沈黙。
「常々思っていたが、お前は本当に救いようがないバカだな」
清四郎としては今日はさほどひどくしかるつもりはなかった。悠理が3日前に0点を取ったのは清四郎の責任でもあったのだから。
4日前まで悠理は長く学校を不在にしていた。
最初に悠理に学校を休ませたのは清四郎。レディー教育のために。
剣菱夫妻のわがままのために婚約させられた二人。しかし結局は悠理の強硬な拒否によって雲海和尚が出張ってきて破談となった。
清四郎にとっては様々な意味で非常に大きな勉強となった。
そして悠理は、そのまま東村寺での無料奉仕に勤しむ羽目になった。
だから、3日前のテストはできなくて当たり前だったのだ。3日前は。
しかしこのような答案を見せられては、彼もなにか言わずば気が済まなかった。
「どうして3日前に正確な解き方を見せられた同じ問題がこれだけしか解けないんだ」
なぜわからないのかが到底理解できない、というふうに肩をすくめる清四郎に、悠理は反発を覚える。
「でも成長してるじゃんか!」
「そこのところは認めましょう」
最初のテストは白紙だった、らしい(ここに現物がないので魅録からの伝聞による)。
今回は最初の設問1番だけはなんとか数式を立てて10点を得ている。2番の途中でわからなくなったのか、数行書いて白紙になっていた。
「引き算の間違いですね。小学生なみだな。これくらいほんの少し見直せば気づくだろう」
「と、途中でおかしくなったのには気づいたんだぞ」
プラスでないと因数分解ができなくなる場所がマイナスになっていた。因数分解できなくなったことに気づくなど、小学生では無理ではないか。
「しかし引き算さえ合ってれば先に進めてます。悠理、28マイナス19は?」
「・・・9」
「よかった、それくらいは暗算できるんですね」
「当たり前だ!」
いくらなんでも馬鹿にしすぎだい、と悠理はそっぽを向いてしまう。
「お前の場合、九九も怪しいからな」
「なんだとう!?」
くるりと彼女は首を元に戻す。
「七三?」
清四郎がぼそりと問う。
「21だ!その問題のどこに、んな掛け算が出てくるんだよ!」
「3番で出てきます。じゃあ、132割る11は?」
「・・・わかるか!」
「12ですよ。これくらい暗算できてください」
その言い草に傍で聞いていた可憐と美童は首をすくめた。三桁と二桁の計算などと、悠理のみならず自分たちだって筆算でなければ計算できないだろう。
そして怒涛の勉強タイムが終わると、清四郎はSF研究会の会合があるから、と生徒会室を後にした。
悠理は、というとテーブルに突っ伏してしまっていた。
「お疲れ様、悠理」
と、野梨子が紅茶を淹れなおして置いてくれた。
「ありがと、野梨子」
と、悠理は身じろぎもせずに礼を言う。
「清四郎の奴もすっかり元通りに戻ったわね。しばらく懲りてしおらしくしてたのに」
可憐が言いながら、悠理のほうをちらりと見る。
「そうだね。やっぱり清四郎は悠理の勉強を見ながらねちねち意地悪言ってるのが一番調子が出るんだろうね」
本当にあいつってば子供だよねー、と、美童は皆がいないほうに顔を向けてうつ伏せている悠理の後頭部を撫でてやった。
まあ、もう間違えはしないだろうけれど。とも期待する。
「それでいつもどおりに戻ったんだからいいんじゃねえの?」
と、魅録は自分の分のカップを持ち上げながら言った。
いつもどおり。
悠理はほっこりと胸が温かくなるのを感じた。
そうだ、これで元通りなんだ。よかった。
清四郎の嫌味も意地悪も大嫌いなんだけど、でも今は、嬉しい。
気づいてしまったのだ。本当の気持ちに。
───清四郎、大好きだよ。
今はまだ、友情が戻ったことに安堵している皆には内緒。
美童にだって、可憐にだって、もちろん魅録や野梨子にだって、気づかせない。
「悠理?泣いてますの?」
野梨子が驚いて声を上げた。紅茶を配り終えて悠理の顔が見える空席に腰を下ろそうとして、つ、と零れ落ちる涙に気づいたのだ。
「あくびだよ、あくび」
と、悠理はおおげさにあくびをしてみせる。
「清四郎が苛めすぎたせいではありませんの?」
今回の婚約騒動の一件から、野梨子は今までにも増して清四郎に対して点が辛い。
「さっき魅録も言ってたじゃん。いつもどおりだって、あんくらい」
悠理は元気よく身体を起こしながら、野梨子ににやっと笑って見せた。
───清四郎、大好きだよ。
それが、ただ1つだけの真実。
今はまだ、誰にも言わないけれど。
(2007.5.17)
(2007.5.18公開)
(2007.5.18公開)
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