2015/03/04 (Wed) 22:23
悠理は考えていた。必死に考えていた。
『次の言葉の対義語を書け』
対義語。反対の意味の言葉。
需要と供給。
過去と未来。
上昇と下降。
では直接の対義語は?
考えた。考えた。
そうだ!「かんせつ」だ!
意気揚々と解答を書いた悠理の頭に、だが衝撃が走った。
大して痛くもなかったが、悠理は後頭部を撫でさすりながら背後の家庭教師兼恋人のほうを振り返った。
「たいばつはんたーい」
「体罰と漢字で書けるようになってから訴えてください」
男は丸めた教科書を手に、腕を胸の前で組んだまま平然と見下ろしていた。
「なんだよー。直接の反対はかんせつだろ?あたいだってちゃんと覚えてるんだじょー!」
ぷう、と頬を膨らませて抗議する。
「漢字が間違ってます」
「ふええ?」
慌てて悠理は目の前の問題集を覗き込む。
だが首をかしげる。これで合ってるはずなのに?
「一つ例え話をしましょう」
と、清四郎は自分用のコーヒーが入ったカップではなく、悠理のココアが入ったカップを手に取った。
え?と思った悠理が止める間もなく、清四郎は悠理が口をつけたあたりに己の唇をそっと寄せた。
瞳を閉じ、端正な横顔を惜しげもなく曝し、カップに柔らかな唇をじっと押し当てている。
悠理はなんだかその姿に妙な気恥ずかしさを覚えた。
とうの昔に、己の唇で、全身で、あの唇の感触を知っているというのに。今更・・・。
しばしの後、唇が離れたときには口寒ささえ感じてしまう。
清四郎は閉じていた瞼を開けると、
「これが正解の『間接』キス」
と、言った。
その声にまた悠理はどきん、とした。
清四郎の黒い瞳が、今度は悠理を捉える。
学ランを着たままの腕がすうっと伸ばされてくる。顎を捕らえられ、悠理はぴくり、と肩を竦ませる。
「そしてこれが」
と、そこで一呼吸が置かれ、悠理は右耳のすぐ前のあたりに清四郎の熱い唇を感じた。
「悠理の書いた『関節』キス、ですよ」
耳の傍でそのまま囁かれ、悠理はかっと頬を染めた。
「な、キスなんて問題集には書いてないじゃないか!」
てーか関節って肘とか指とかそーゆーとこじゃなかったっけ?と悠理は疑問符を飛ばす。
「そうですね。でもここも関節ですよ。顎関節。顎の関節です」
清四郎はくすり、と笑みながら指で己の唇が触れたあたりをなぞった。
勉強の終わりは甘い夜食。
互いの甘く柔らかな唇という果実をついばみ、口腔内の甘露を味わう。
一枚ずつ皮を剥くように衣服を剥ぎ、互いの持って生まれた香を吸い込む。
「関節とは二つ以上の骨の機能的な連結を指します」
だから、顎も関節なら、ほらここ、背骨の一つ一つの繋ぎ目も関節なんです、と指で背中の凹凸をなぞる。
すでに彼女は一糸まとわぬ姿になって白いシーツの海を漂っていた。
彼の声は、彼女の意識を徐々に痺れさせていく。
彼女の右手の人差し指を口に含む。
指先から、右第二遠位指節間関節、右第二近位指節間関節、指の付け根は右第二中手指節関節。
親指は第一指、中指は第三指、薬指が第四指、小指は第五指。
手首は手関節、肘はそのまま肘関節。
そして、肩関節。
左も左右対称に。
きっと彼女は彼が左第四中手指節関節に長めに唇を寄せたことに気づいてはいないのだろう。
そして左右の鎖骨が合わさってきた、デコルテの窪みの左右のでっぱりが胸鎖関節。
彼女を腹ばいにして、背骨の一つ一つを今度は唇で辿る。椎間関節。
そして殿部の双丘の合間のえくぼができるあたり、俗に言う尻尾骨のすぐ上の左右が、仙腸関節。
再び彼女を仰向けに戻す。
丁寧に丁寧に。足の指は解剖学的には足趾。
関節の名前は手とほぼ同じ。
遠位趾節間関節、近位趾節間関節、中足趾節関節。
足関節に膝関節に・・・。
脚の付け根の辺りに唇をつけられて悠理はびくり、と震える。
横幅で言うと、腿の真ん中あたり。
「ここが、股関節」
反対側にも同様に唇をあてる。
男の声にはとうに欲情が灯っている。
互いに、身体が熱く、甘い香が匂い立っている。
男の頭が、彼女の茂みへと近づく気配がする。
こくり、と彼女は息を飲んだ。
同時に彼も、息を飲んだ。
「しまった!!ここは恥骨結合!!」
※恥骨結合などの不動性の結合も解剖学の定義から言うと関節ですけどね(作者心の声)。
(2006.11.20)
(2006.11.20公開)
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