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こめすた保管庫
二次創作サイト「こめすた?」の作品保管ブログです。 ジャンル「有閑倶楽部(清×悠)」「CITY HUNTER(撩×香)」など。
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2024/05/17 (Fri) 10:56
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2015/03/04 (Wed) 22:34
「雨だれ」の清四郎編。繰り返す、小さな賭け事。

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 コインが一枚。ちゃりんと音を立てて溜まっていく。
 彼は勝算のない賭けはしない。だから彼は賭けに勝ち続けている。

───彼女は僕がいなくても笑っている。

 ほら、ちゃりんと一枚、コインが溜まる。
 彼の胸の中はすでに数え切れないほどのコインが溜まっている。

───このドアの向こうに、部室の中に、彼女はいない。

 ちゃりん、とまた一枚、コインが溜まる。



 清四郎はベッドのヘッドボードに体を凭せ掛けて、傍らで安らかな寝息を立てる彼女の柔らかな頬をそっと指の背で撫でた。
 自分でも呆れてしまう。三ヶ月、だ。
 そんなにも長い間、意地を張り続けて互いの顔も見ずに過ごせたのだ。

 体だけが目的というわけではない。断じて、ない。
 だがそのようにそしられても言い訳のしようがないほどに、彼は彼女を求めていた。この三ヶ月の間、ずっとだ。

 いま、ここでまどろんでいる彼女は先ほどまでの痴態が嘘のように静かな笑みを浮かべている。
 ただうっすら上気した頬と、汗ばんだ額にはりついた前髪とが、先ほどまでの熱の名残をとどめている。
 そしてこの部屋に立ち込めた二人の汗のにおいが、ごまかしようもない時間の証拠だ。

 ずっと自分を見つめている男の視線に気づいたのか、「ん」と小さくうめいたかと思うと、かすかに瞼を震わせてから彼女が目を開いた。
「おはよう。悠理」
 清四郎はかすかに目を細めて、そう言った。
 悠理は今の状況がすぐには思い出せなかったのか、目を一度大きく見開くと体を強張らせた。
「どうしました?」
 もしかしたら彼女は後悔しているのだろうか?
 もう彼へは友情しか残っていなかったのに、このような行為に流されてしまったと、後悔している?
 だが彼女ははっとして、がばっと身を起こして彼を唐突に抱きしめた。
「夢じゃ、なかったんだな。わりぃ、そんな顔、すんな」
 ぎゅうぎゅうと彼の肩を抱きしめてくる彼女はたとえようもなく柔らかくて甘い香がするが、だがその言葉は昔から知っている彼女のまま。もう少し甘やかな声音で柔らかな言葉を吐いてくれてもいいものを。
「そんな顔、ですか?」
「置いてけぼりの犬みたいだったぞ、さっきの顔」
 少し身を離して彼の顔を覗いてくる彼女の顔こそ、眉根を寄せて悲しげである。
「置いてけぼりの犬、ですか。それを言うなら先刻のあなたのことですよ」

 雨の中、三ヶ月ぶりの再会だった。傘も差さずにゆっくりと雨に打たれていた彼女は、それこそ捨てられた子犬のようだった。
 彼は小さな賭けを繰り返していたこの三ヶ月で、初めて賭けに負けたのだ。

───こんな雨の中、彼女は部屋の近所を出歩いてなどいない。

 だが、彼は、賭けに負けた。





「なんでこの部屋に自分のもの、置かないんだ?」
 不意に訊かれて清四郎は驚いた。
「今そんなことはどうでもいいでしょ?」
「大事なことだ!」
 彼女は顔を紅潮させながら彼に食らいつく。
 確かいま二人は互いのスケジュールの調整がつかないことを言い争っていた最中だと思うのだが?
「悠理には悠理の、僕には僕の生活がある。だからですよ」

 それは三ヶ月前の夜だった。急に予定が空いたので清四郎は一人暮らしをしている恋人の部屋に泊まるつもりでやってきていた。
 生憎と雨に降られてしまって濡れてしまった衣服を乾燥機に放り込んだところで出かけていた悠理が帰宅した。
 突然の訪問に初めは嬉しそうな顔をした悠理だったけれど、いつしかいつもの言い争いになってしまった。
「もう、こんな風に振り回されるのイヤだ」
と、彼女が言い出したせいで。

 ずっと実家の豪邸に住んでいた悠理が世間知らずを返上したいとこのマンションに住みだしたのは大学に入ってから。
 大学入学と同時に付き合い始めた清四郎としては、その悠理の気持ちを尊重したいと思った。今年は二十歳になる。彼女も名実ともに大人にならなければいけない。
 だから彼は彼女を自分の色に染めてしまいたい想いを抑えて、悠理の生活が悠理のものであるように仕向けた。
 彼女はまず自分の足で、一人で立たなければならないのだ。
 経済的に親の脛をかじることになるのはしょうがないとしても(悠理は剣菱の関連株を持たされていて個人資産も相当にあるけれど、親の会社であることには変わりない)、せめてこの部屋での生活設計くらいは自分でできるようになってもらわねば。

 もちろん最初の彼女はあまりに世間知らずに過ぎたし、彼も少しはアドバイスを与えることもあった。
 けれど、彼の私物を置いて彼女の生活を彼の色に染めることだけは頑なに避けていた。

 すべては彼女を自立させるため。
 そしていずれは二人で生活を築く日のために。

 清四郎はしかし、その努力もむなしく彼女が彼に生活全般を依存しきってしまっていることに気づいたのだ。
 振り回されているという彼女の言葉はそれを如実に表していた。
「わかったよ」
と、悠理はぽつりと言った。
 その声の低さに、彼女の身体のかすかな震えに、清四郎ははっとした。
 悠理は一度ぐっと唇を噛み締めると、清四郎の腕を掴んだ。
「出て行け!あたいにはあたいの生活があるんだろ!」
と、火のように激しい言葉が清四郎に浴びせられた。

「悠理、ちょっと待ってください」
と、努めて冷静に対処しようとする清四郎を、悠理は玄関のほうへとぐいぐいと押しやる。
「うるさい!出てけったら出てけ!」
 清四郎は段々とむかむかしてきた。先ほどの言い争いで悠理が清四郎の考えを半分も理解してないことには気づいていた。
「本当に、底値なしのバカだな、お前は!」
 気づいてしまった途端、清四郎は悠理に怒鳴り返していた。
「じゃあ、もっと頭がいい女と付き合えばいい!」
と、彼女は彼の靴を掴むと、ばしんと彼にたたきつけた。

 その態度にますますむっとした清四郎は、無言で靴を履くと、彼女の部屋のドアを出た。

 雨の夜だった。
 彼女は追いかけてなんか、こないだろう。





 最悪の別れの後でも、二人には共通の親友たちがいた。
 大学を彼女がしばらく休んでいるのはズル休みだろうと思っていた彼に、その真実を漏らしたのは親友たちの一人であり幼馴染でもある野梨子だった。
「悠理ったら、一晩中公園で雨に打たれてたらしいのですわ」
 それで肺炎になって3日ばかり入院していたという。もちろん菊正宗病院にではなく、近所の公立病院に。

 すべてが遅かった。

 それ以来、彼女とは顔をあわせない毎日が続いた。避けられていることには痛いほど気づいていた。
 それが悠理の意志だと言うなら、僕はそれを尊重しよう。

 そして彼の賭けは始まった。





───この角の向こうに彼女はいない。

 コインが一枚。

───このパーティーに彼女は来てない。

 コインが一枚。

 100枚を超えたあたりで数えるのもばからしくなってやめてしまった。
 どうせ実体のないコイン。
 だけれど重さは持っていて、着実に彼の胸の中で存在感を増しているコインたち。
 当然だ。彼は勝算のない賭けはしないのだから。

 ある日、倶楽部の女性たちが一緒に街歩きをしている現場を車道を隔てた反対側から見つけた。

───彼女は僕がいなくても笑っている。

 コインが一枚。
 これは彼が望んだこと。彼女の自立。

───こうしてここから彼女を見つめている僕に、彼女は気づきなんかしない。

 コインが一枚。
 彼はそうして自分の用事へと戻るべく踵を返す。

 大丈夫。彼女は大丈夫。
 清四郎だって悠理がいなくたって生きていけているじゃないか。
 彼は軽く笑みを浮かべると道を急いだ。





 清四郎は自分の瞳をてらいもなく覗き込んでくる薄茶の瞳にふと微笑んで見せると言った。
「もうあんな風にわざと雨に濡れたりしないでくださいよ。また肺炎になったらどうするんですか?」
 くしゃくしゃと彼女の柔らかい髪を撫でる。もうすっかり乾いている。
「冷たい雨に打たれるとね、冷たいなあって思うんだ」
「当たり前でしょ」
「うん、冷たいって感じるから、あたい生きてるんだなあって」

 清四郎は息を飲んだ。まさかここまで悠理が自分との別れに打ちのめされるなんて思っていなかったのだ。

「もちろんメシ食ってるときが一番『ああ、あたい生きてるなあ』って感じるんだけどさ」
 悠理は悪戯な笑みを浮かべながらそう続けた。
 だがそれでごまかされる清四郎ではなく、今度は彼のほうから彼女をぎゅっと抱きしめた。
「そこまで僕に依存させるつもりはなかったんだが・・・」
「はあ?依存?」
 頓狂な声を上げる彼女に、彼は真意を告白する。
「僕は悠理に自立してほしかったんですよ。家庭のことを僕に頼りきりにならずに、悠理の意思も踏まえて一緒に築いていけるように」
 悠理は目を見開いた。ぐいっと彼の胸を押し返す。
「まさかそんなこと考えてたから、ここに自分のものを置いてったりしなかったってわけか?」
「ええ。まずは悠理が自分の生活を築いてからと思ってたんです」
「・・・ていうかそれって、将来『二人で家庭を築く』とかそこまで考えてたってこと?」
 悠理の目元がうっすら染まっている。
 清四郎はふうっと一つため息をついてから白状した。
「ええ、二人で一緒に、ね」
 悠理は真っ赤になって絶句した。
「ば、ば、ば、バカか、お前!」
「ええ、バカでした」
 彼女との未来を先走って夢見て、結局それを自分の手で壊したのだから。

「降参、です」
 清四郎はことり、と悠理の胸元に額を寄せた。
「あたいはお前に黙って従うような可愛い女じゃないだろ」
「ええ、そうでした。いつだって悠理は自分の思うように生きてきてました」
 彼がいなくても笑っていて、生きていることを実感するためなら冷たい雨にだって進んで打たれて。
「そんなことも忘れてた、僕の大負けですよ」

 彼の、負け。





 この三ヶ月で初めてコインを一枚失って、彼は少し自棄になったのだろう。
 彼女の手に引かれて彼女の部屋に向かう。最後の大勝負のために。

───彼女は僕のシャツなど捨ててしまっている。

 賭け金は、コイン全部。

 そうして彼は、破産した。





 悠理の手がそっと彼の肩を抱く。
「そうだよ、あたいはいつだってあたいのやりたいようにやる」
 そう。彼女はいつだって自分の思うとおりに生きてきた。
「あたいがそうしたいから、清四郎と一緒にいるんだ」
「はい」
 頷きながら清四郎は悠理の背中に腕を回す。
「今度からはお前の腕の中で生きてることを実感させてもらうからな」
 かすかに熱を帯びながら悠理が言うので、清四郎はくすくすと笑いを漏らす。
「悠理もスケベですねえ」
「う、うるさいやい」
 文句を言いながらも悠理は腕を解かない。
「じゃあ、またご期待に沿いましょうか、お姫様」
「嬉しそうにするなあ!」

 降参だの負けだの言いながら、清四郎は幸福を噛み締めた。

 それは、甘美な敗北。
(2008.10.17)
(2008.10.18公開)
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