2015/03/04 (Wed) 22:52
その日、僕はいつもより1時間は遅く部室に着いた。何のことはない、図書室で可愛い後輩の女の子と逢引をしていたからだった。
逢引、という日本語の響きが僕は好きだと思う。なんて美しい言葉だろう。
こんな時間だから誰も残ってないかもしれないな、と思う。
野梨子は親父さんが久しぶりにスケッチ旅行から帰ってくるとか言ってたから早々に帰宅していると思われる。
可憐は飽きもせずに掴まえた玉の輿候補の男とデートだと言ってた。遊ばれてなきゃいいけど。
清四郎はいつだって一人だけなんやかやと忙しそうだし。
魅録も僕たち以外に交友関係がかなり広くて(僕と違ってすべて男だけど)、あいつが暇をもてあます姿はあまり見たことない。
残る悠理は、というと賑やかなことが好きな奴だからこんなに静かな部室にいるなんてありえない。
だから僕は、悠理が部室のテーブルに頬杖をついてぼんやりと一人で考え込んでいるのを見ることがあるなんて想像もしてなかったんだ。
「悠理?」
「美童?まだ帰ってなかったのか?」
僕の顔を見てびっくりしたように目を見開く悠理の頬がなぜか赤い。
その顔はまるで女の子みたいだ。
一応生物学的には女性である悠理にこんなことを言うのは失礼だとわかってるけど、でも僕は今まで一度も悠理が女に見えたことがない。
その悠理がこんな表情をするなんて僕は今の今まで知らなかったのだ。
「なにかあったの?悠理。」
「そっか、美童ならどうすればいいのかわかるかな?」
「え?」
「美童、あたい今すごく困ってるんだ。」
僕は本当にびっくりした。
悠理から恋愛相談をされる日が来るなんて本当に、夢にも思ったことがなかったのだから。
いや、何に驚いたって悠理に告白した男がいるってことだろう。
そうか、その男には悠理がちゃんと女の子に見えてるんだな。
確かに悠理はよく見れば美人だし、乱暴者だけど仲間想いの優しい奴だし、泣き虫なところは小さな子供を見るようにだが可愛いといえなくもない。
うん、そいつは見る目がある奴だな。
それにこの悠理が自分から惚れて可愛らしく告白なんてとてもじゃないが似合わない。
やっぱりこいつに惚れる男がいること自体は驚きだけど、悠理は相手から惚れられるほうが似合ってる。
悠理はしどろもどろに僕に困っている現状を説明する。明らかに動揺してるなあ。
「そ、それで、そいつ、『返事は急ぎません。宿題にしておきますよ。』って帰ってったんだ。・・・でもあたい馬鹿だからどうしていいかわかんないんだ。」
最後のほうはほとんど涙声に近い。
いや、悠理、恋愛に関しては勉強ができるかどうかって意味の馬鹿かどうかってのは関係ないと思うぞ。現にあのいっつもとりすましたあいつ勉強はできるけど・・・
ん?そういやその言葉遣いって・・・
え?まさか?
ひえええええ?!
「ね、悠理、まさかと思うけどその相手って、清四郎?」
あ、固まっちゃった。
本当に悠理って隠し事ができないんだな。
こんな様子じゃ明日には皆にバレバレだよ。と僕はちょっぴり清四郎に同情したくなった。
「で?悠理はどうしたいの?」
「だから、それがわかんないんだってばあ。」
と悠理が途方にくれたように真っ赤になって俯いた。
「悠理。お前の気持ちは僕にはわかんない。それは悠理自身が考えることだよ。」
「・・・そうだな。」
「悠理が自分の気持ちに気づきやすいようにいくつかヒントをあげることはできるけどね。」
「ヒント?」
そう言って僕を見上げた悠理は、恐らく無意識になんだろうな、上目遣いになっている。
潤んだ瞳で、頬が赤らんでて、捨てられた子犬みたいで。
危ないな、清四郎はこれにやられたに違いない、と思った。
僕は清四郎みたいにこんなダイナマイトよりも危険な、あえて言えば甘くて爆発しやすいニトログリセリンみたいな女に手を出すつもりはないけどね。
「まず基本だよ。悠理は清四郎にそのセリフを言われた時に何を考えた?」
「・・・・。」
悠理はじっと考え込む。
「別に僕に答えを言わなくていいから。で、次の質問。そのセリフを清四郎以外に言われたらどう感じる?」
「・・・他にそんな物好きがいるとは思えないけど。」
僕はぷぷっと吹き出した。
「それは言えてるけど考えてみなよ。そして最後に結構重要な質問だよ。」
「なんだ?」
ちょっと緊張したような悠理の表情が愛らしい。
「悠理に告白したときに清四郎はどんな顔をしてた?思い出してみて。」
あいつはどんな瞳でお前を見つめていたんだ?
あいつはどんな表情を口元に浮かべていたんだ?
あいつはどんな声音でお前にそれを告げたんだ?
さあ、思い出してごらん?
どれだけお前はそれを鮮明に覚えてる?
冷静に思い出せるようなら清四郎には気の毒だけど脈なしだ。
だけど悠理の怒ったような、真剣に僕の出したヒントを考えている表情が、少し緩やかになった。
胸がドキドキするのか胸元に手を当ててから、今度は頬を両手で覆った。
お、清四郎に悠理のこの顔、見せてやりたいよ。
「ね。これで悠理も自分の気持ちがわかるはずだよ。」
そう言って僕は極上の笑みを激励の代わりにプレゼントした。
どうせ悠理に告白したときの清四郎の顔以上に彼女が心とらわれるものではないとわかっていたけれどね。
「ん。なんとなく宿題が解けそうだよ。ありがと、美童。」
さて、明日には宿題の結果を確認させてもらえるかな?と楽しみに思いながら僕は部室を後にした。
(2004.7.12)
(2004.9.6公開)
(2004.9.6公開)
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