2015/03/02 (Mon) 23:33
今日も魅録はお友達と遊んでいるらしい。
野梨子は舞扇などお稽古道具が入った紫の風呂敷包みを抱えると立ち上がった。
今日は日舞の稽古の日。
浅葱色の稽古着の上から、青鈍色(あおにびいろ)の地に白い子持縞(こもちじま)の入った道行を羽織る。
シンプルな古典模様が彼女は好きだった。
師匠のお宅から白鹿家までは徒歩で15分。同じ住宅地の中にある。
毎日通学しているのとは別の道筋。
野梨子はのんびりと歩きながらつらつらと思いを馳せる。
住む世界が違う。
以前、別の男性に恋をしたときに幼馴染から言われたセリフ。
もちろんああ見えていいところの子息で同じ学校の仲間である魅録のことをそんな風に言う者はいない。
けれど、今回ばかりは野梨子自身がそれを思わずにはいられない。
彼と彼女では趣味の範囲が全く違う。
彼が好きなものはバイクやロック、機械いじり。
彼女が好きなものは風雅なもの、文学、古典芸能。
唯一二人の趣味があうものは、日本酒好きであるところ。
しかしいくらなんでも一応まだ高校生である自分たちがお酒だけを間に付き合うわけにも行くまい。
いや、そんな付き合いなどたとえ何歳になってもまっぴらごめんである。
野梨子はそんなことを思いながらふうっと一つため息をついた。
まるで私たちは、混ざり合うことのない空と海のようだ。
あれは魅録の部屋に転がっていたCDのジャケット。
どこまでも高く広がる空の青。
どこまでも広く揺れる海の青。
けれど水平線の果てで彼らはきっちりと分けられていた。
いっそ魅録の色に染まってしまいたい、と思う。
けれど彼がそれを許さない。
染まらぬ野梨子を愛してくれたから。
「あなたは空で、私は海のようですわね。どこまで行っても混ざることはない・・・」
思わず呟いた野梨子だったが、ふと誰かのスニーカーが見えたので慌てて顔を上げた。
いつの間にか俯いていたらしい。ぶつかる前でよかった。
「なんかまた変なこと考えてたろ?」
「魅録?」
ぶつかりそうになった人物は、今日ここにはいないはずの魅録だった。
それを認識した瞬間、野梨子の頬がさっと赤くなった。聞かれてしまった。
再び俯いた野梨子の目の前に、さっと大きな手が差し出された。
彼女は一瞬の躊躇いの後に、風呂敷を持っているのとは逆の手を差し出して載せた。
「散歩しようぜ。」
何気ない口調で彼はそう誘った。
公園のベンチに座る。鮮やかな青のライダージャケットを着たピンク頭の男と、鈍色の和服を着た黒髪の女。
まるで系統の違う青。
なんてちぐはぐなのだろう?と野梨子は泣けてきそうになった。
ベンチに座っても魅録は野梨子の手を離してはくれなかった。
繋いだ側の肩と肩は触れ合ってはいなかったが、服の生地越しにその体温は伝わってきた。
「海がなぜ青いか知ってるか?」
不意に魅録が口を開いた。
「光の波長とか・・・でしたかしら?」
魅録のほうが物理には明るいはずなのに、こういう化学のことを訊ねてきたことに野梨子は首をかしげた。
「そういう話じゃなくて、さ。もっと詩的に。」
彼が軽く赤面して苦笑したので、野梨子はまあ、と目を見開いた。
「詩的に、ですの?」
「よく言わないか?海の青は空の青を映してるって。」
嵐の海は黒く、夕暮れ時の海は赤い。
だって空の色を映しているから。
「それにさ、大気はたくさんの水分を含んでるんだぜ?」
今度は小学校の理科みたいな話だ。彼は何が言いたいのだろう?
「見た目には分かれてても、海と空は混ざり合ってると思うぞ、オレは。」
混ざり合うことはないように見える空と海。
だけど、人の目には見えないところでいつだって混ざり合っている。
互いを染めあっている。
そうして、手を取り合って地球を包み慈しむ。
「オレだって不安にならないわけじゃない。だけど、おまえの傍にいたいと思うから、さ。」
そうしてゆっくりと魅録は野梨子の方へと微笑みかけた。
黒い瞳がじいっと彼の目を見つめ返す。
そうだ。簡単なことなのだ。
「そうですわ・・・ね。私、ただ魅録の傍にいて、他の誰も知らないあなたの顔を見たいだけなんですわ。」
うっすら微笑んだ野梨子の肩を、彼はゆっくりと抱きしめた。
そうして空と海とは、同じ季節を染め上げる。
(2005.2.2)
(2005.2.12公開)
(2005.2.12公開)
PR
Comment
カテゴリー
最新記事
(08/22)
(08/22)
(03/23)
(03/23)
(03/23)
メールフォーム