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こめすた保管庫
二次創作サイト「こめすた?」の作品保管ブログです。 ジャンル「有閑倶楽部(清×悠)」「CITY HUNTER(撩×香)」など。
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2024/05/17 (Fri) 13:08
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2015/03/02 (Mon) 23:37
狐が恋をした。

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 車は山道を越えていた。高速道路のインターから目的地まで、少し山の中を抜けねばならないのだった。
 もう何度目かわからないカーブを曲がると、突如眼下に広く景色が開けた。
「湖か?」
「そのようですね。」
 運転席の男は助手席に座る彼女を喜ばせようと、湖に近づく道をカーナビで探した。

 湖は集落に面していた。
 そして背後には鬱蒼とした深い森。そしてそこから連なる山々。
 愛猫の顔がプリントされたパーカーにハーフパンツ姿の悠理は草を踏みしめながら湖へと足を近づけた。新緑の香りが胸いっぱいに広がる。
「うわあ、魚だあ。」
 彼女の視線の先では、小魚の群れが大きくなり小さくなりながら漂っていた。
 都会のドブ川などでは望むべくもない透き通った水は、その中で生きる者たちの姿を隠れなく映し出しているのだった。
「空気もうまいし、いいところですね。」
「ふふふ。山の幸や川の幸にも期待できそうだな。」
 うきうきと言う悠理の様子に、いつものようにポロシャツにチノパンツをあわせた姿の清四郎は思わず頬を綻ばせた。

 そろそろ夏の気配が見えてくる五月。
 都会を少しばかり離れて、二人は東北地方のとある山の中の集落を訪ねていた。

 清四郎が姉の和子に借りてきたオフホワイトのフィアットパンダは、とある邸宅の敷地へと入っていった。
 茅葺屋根の邸宅は、東北地方南部特有の曲がり家の作りをしていた。今では珍しいものだが、この集落には何軒か残っているようだ。
 人が住む母屋と馬屋とが角で曲がって合体している作りである。馬と人とがもっと近しく暮らしていた時代の名残だ。
「こんにちは。雲海師匠の名代で参りました、菊正宗清四郎です。」
「剣菱悠理です。」
 外よりはいささか暗い室内に入った二人の目に最初に飛び込んできたのは、囲炉裏だった。
「ようこそ。大七兵衛(だいしち・ひょうえ)です。お待ちしてましたよ。」
 二人は五月の連休、雲海和尚の名代として、地域の武道の催しを見学に来たのだった。
「小さな大会ですからね。型の演武が主ですよ。」
 催しを主催しているこの地域の武道団体の会長である大七が笑った。
 試合があるなら出てみたいという悠理の期待に気づいたらしい。
「僕が演武するのを見てらっしゃい。」
「ちぇえ。つまんないのお。」
 ぶつぶつ言う悠理に大七はくすくすと笑い声を立てた。
「ああ、すいませんね。でも剣菱さんの顔はあまりつまらなさそうじゃありませんけど?」
 言われて悠理は頬を音を立てて上気させた。
 清四郎はその横顔におや、と眉を上げる。
「ほ、他の時間はめいっぱい遊ぶんだい!おっちゃん!ご飯には期待してっからな!」
 拳を握り締めて力説する悠理の頭を清四郎はこん、と叩いた。
「こら。悠理。」
「いいんですよ。」
 終始ニコニコしたまま、大七は二人を客間へと案内した。
 さすがに今は馬は飼っていないので、建物全体を何間もある家屋へと改装していた。

 部屋で二人きりになっても、悠理は少し怒ったような顔をしたままだった。
 さらに、その頬が相変わらず赤らんだままでもあったので、清四郎は首をかしげた。
「悠理?緊張しなくてもこんなところで何もしませんよ。」
 その言葉に悠理はくわっと目を見開いて清四郎を見上げた。
「そ!そんなこと心配してないやい!」

 “そんなこと”ねえ。と清四郎は苦笑すると荷物を解き始めた。
 少しは意識して欲しいものですよ。

 二人はこの春、想いを確認しあったばかりだった。
 恋人となって初めての二人だけの旅行。
 とはいえ、二人はいまだキスも交わしていない、清く正しい男女交際だった。
 とりあえずは明日の大会、だ。



 狐森武道奨励会。
 横断幕にはそう書かれていた。
「確かに狐が住んでそうな森だよな。」
 悠理は一人ごちた。
 五月の連休には珍しく晴れ渡った日。近隣から武道家たちが集まってきている。
 もとより東村寺で見慣れているし、マッチョ好きな悠理は自分が出場するわけでもないのにチャイナ風の道着を着て、うきうきと人ごみの中を清四郎と並んで歩いた。
「狐の森というのは、蜃気楼の事を指すことが多いんですよ。」
「へ?蜃気楼って砂漠とかで見えるやつ?」
「富山湾のものなんか有名ですよ。春の季語ですけど、夏にアスファルトに見える逃げ水も同じ原理で見えるんです。」
「ふうん。」
 清四郎の薀蓄にも慣れている。悠理は特に感慨もなく聞き流していた。
 それよりも清四郎の演武の時間が迫っているのだ。

「お願いします。」
と、司会が促した。道着姿の清四郎が礼をして前へと進み出た。
 すうっと一度腰を落とし、拳を脇に構える。演武が始まった。
 以前は悠理は格闘好きといっても清四郎が演武をする姿にさほど興味があったわけではない。
 だが、今は───
「さすが雲海和尚の高弟だ。すばらしい演武ですね。」
 大七が悠理に話しかけた。
 だが悠理はそちらへ目も向けずに、目の前で繰り広げられる舞にも似た動きをじいっと見つめ続けた。
「一番あいつが生き生きしてるのは組み手のときだけどな。」
とだけ答えた。
 件の決闘以来、悠理は何度か清四郎と組み手を交わしている。もちろんそれは東村寺の面々が見守る前での稽古の形であったが。
 何度目か東村寺を訪ねたときに、初めてじっくり清四郎の演武を見た。

 目が、離せなかった。
 清四郎の動きに目がひきつけられた。
 綺麗だ、と思った。

 そうして悠理は己の想いをうっすらと自覚したのだった。
 こうして彼が型を披露している姿を見ると、あの日の想いがまざまざと蘇ってくるような心地がする。
 彼の黒い瞳が怖いくらいまっすぐに前を見ている。
 鋭い掌底や長い脚が空を切る音が聞こえる。
 うっすらと滲んだ汗が胸元を伝う。
「見とれてますね。」
 大七にそう言われて、やっと悠理は視線を彼へと向けた。
「な・・・。」
 頬が赤く染まっている。
 だが、一瞬後に彼女は視線を恋人のほうへと戻した。何も言い返せなかったのだ。



 夕食まで少し時間があるようだった。今夜は大会の打ち上げの宴会だという。
 悠理は豪勢な食卓を想像して唾を飲み込み、清四郎はその様子を横目に軽く苦笑した。二人はもう一泊してから帰ることにしていた。
 空いた時間、普段着に着替えた二人は湖付近を散策することにした。
「そうそう。大七さん、蜃気楼が見えるのはあの湖ですか?狐森ってそういう意味ですよね?」
 出掛けに清四郎が尋ねた。
「ええ。そうです。でもここの蜃気楼はめったに見えないんですよ。50年に一度見えたらいいと言われてます。」

 そして大七は、この集落に伝わる蜃気楼についての口伝を教えてくれた。

 むかしむかし、湖のほとりの森に一匹の若い雄の狐が住み着いていた。
 彼はある日、湖のほとりで美しい人間の娘と出会う。人間の男に化けていた狐と娘は恋に落ちた。
 だが娘は名主の娘だった。評判の美貌の持ち主だった彼女はこのあたりを治める殿様の側女としてお城へあがることになっていた。
 娘が恋に落ちたことに気づいた名主は、彼女を家に閉じ込めた。
 しかし彼女は逃げ出した。
 男が人外のものであると気づいていたが、それでも恋しい気持ちは消えなかったのだ。
 狐は湖の上に幻の森を浮かび上がらせた。娘を追ってきた者たちはそれに騙され、次々に水中へと消えた。
 その後、狐と娘の行方はようとして知れなかった。

 ただ50年か100年に一度、二人が幸せに暮らす森の住処が湖の上に垣間見えるという。


「つまり狐と駆け落ちしたってことか?」
「そのようですね。言い伝えでしょうけど。」
 現実主義者の清四郎だけでなく、悠理にもそれはただの御伽噺だろうと思えた。
 いくら好むと好まざるとに関わらず心霊現象に数々遭遇している彼女だとて、本当に狐が人間に化けるなどとは、ましてや狐と人とが異類婚をするなどとは信じていない。

 日が傾き始めた湖のほとり。ここは微妙に東京より東にあるのか、日暮れが早い気がする。
 悠理は昨日とは打って変わって静かに湖面を見つめていた。
 振り返らずに口を開く。
「なあ、清四郎。」
「なんですか?」
「あたいがもし、狐だったらお前どうする?」
 清四郎はふむ、と黙り込む。目の前で湖面を見つめる彼女の背中からはその表情が読み取れなかった。
 彼に出来るのはただ、己の正直な気持ちを述べること。
「もちろん、一緒に駆け落ちしますよ。」
 たとえ彼女が狐だったとしても、それは変わらぬ想い。彼女が愛しい、という想いは。
「それにね、悠理が望むんだったら、ここに50年に一度の蜃気楼を浮かび上がらせて見せますよ。」

 蜃気楼。砂上の楼閣。
 刹那の儚き夢。
 しかしそれが映し出されるためには大自然の妙ともいえる要件の積み重ねがある。
 人の手には余る業なればこそ、そこに人は神秘なるものを感じる。

 そこで悠理が振り返った。まだ夕方に差し掛かり始めたくらいの明るい日の下、彼女の頬は一足早い夕日の色に少しだけ染まっていた。
「へ。しょってら。そこまで言うなら出してみろよ。いま。」
 いくら彼女が清四郎に多大な信頼を置いているとは言っても、さすがにそれが可能だとは思っていなかった。
 だが清四郎はすぐさまにっこりと笑むと、
「いいですよ。」
と言った。
 そして彼女の瞳をじっと覗きこむ。
「それじゃあ僕の目をよく見て。」
 悠理が大好きな低い声でそっと囁く。両手が彼女の肩に置かれる。
 彼女の心臓が一つ跳ねた。
「今度は目を閉じて。僕の声だけを聞いてくれ。」
 どくん、どくん、と初めは脈が速く打ち、それから次第に落ち着いてきた。
 清四郎の声がゆっくりと彼女の耳から神経を解きほぐす。
「想像してください。小さな悠理はある日、この湖を散歩しています。そこで人間に化けた狐である僕と出会いました。」

 清四郎が狐?と悠理は薄くくすり、と笑う。

「僕はもちろん悠理に恋をします。そして菊正宗清四郎という人間として、悠理の傍で暮らします。」
 長じる悠理を清四郎は見守る。己の気持ちが恋だと自覚するのに多少の時間は要しても。
 なんとか彼女の親友と言う地位を手に入れて、そして彼女を喜ばせたいと願うようになるのだ。
「だから僕はお前へのプレゼントを用意しました。」

 悠理のためならば、彼女が望むものを手に入れよう。
 贅沢しか知らぬ彼女のために、溢れんばかりの愛情と溢れんばかりの物質とを贈りつづけよう。

「もちろん、そこにはお前が大好きなご馳走も山と用意しよう。」
 思わず悠理は唾を飲み込む。
 そこにはどんな食べ物が、とあれやこれやと想像する。
「じゃあ、湖のほうを見て。」
 くるり、と体を回される。

「きっとお前が望む未来が見えるはずだから。」

 さあ、目を開けて───



 悠理は、ぎゅっと後ろから肩に巻きついている腕を己の手で握った。
「見えましたか?蜃気楼。」
 言われてこくりと頷く。
「どんな未来でしたか?」
 一瞬、躊躇って彼女は呟いた。

「食べ物の山の向こうで、お前とあたいが笑ってたよ。」

 そしてね、二人とも今より大人になってたよ。

 清四郎は、耳朶まで赤く染めている彼女を再びくるりと回らせる。
 両頬を手で挟むと、強引に自分と目を合わせさせた。
「それはよかった。」
 言って唇をそっと合わせた。

「いつか幻ではない、本物にしましょうね。」

 悠理は再び、こっくりと頷いた。
(2005.4.27)
(2005.4.28公開)
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