2015/03/03 (Tue) 22:16
そういや今夜はクリスマスイブだっけか。と魅録は思う。
シンプルに鮮やかなクリスマスイルミネーションにトレードマークのピンク頭を照らされる。
はあ、と吐いた息は煙草をくわえているわけでもないのに白い。
どんなに暖冬でもこの時期にはきっちり冬将軍が下りてくる。律儀な将軍様だ。
クリスマス寒波の名前は伊達じゃない。
彼には特に予定はなかった。
倶楽部のほかの連中は、というと、可憐と美童は言うまでもなくそれぞれの相手とデートだ。
美童のほうはどうせ何人も掛け持ちでとびきり忙しくて体力を使う夜になっていることだろう。
可憐のほうは日付が変わる前にちゃんと家に帰って母親と過ごすに決まっているが。
いつも魅録と騒いで過ごす(大抵は他のシングルの遊び仲間も一緒にだが)悠理は今年は母親に引っ張っていかれてパリでイブを過ごしている。
一昨日、終業式が終わった途端に執事の五代が迎えに来てそのまま拉致られたのだ。
着せ替え人形にされてるんだろうなと魅録は苦笑した。
清四郎と野梨子にはクリスマスはほとんど関係ない。
純和風な白鹿家はともかくとして、すでに年間行事にさほどの夢も感慨も持っていない老成した姉と清四郎がいる菊正宗家でも特に何もしない日であるらしい。
いつものように本を読んで過ごしますよ、と笑っていた。
野梨子のほうは稽古事のお師匠さんの家で幼稚園生のお孫さんのためのパーティーがあるので参加するのだと言っていたが。
魅録は予定もないことだし、いつものように彼女のいないヤローどもと飲み明かそうかと思っていた。
そうして珍しく街を歩いていた。年末で取締りが厳しいのだ。飲酒運転で逮捕されて親を辞職させるのもマヌケだ。
ふと、彼の足が止まった。
そこには小さなフラワーショップ。
赤と緑のポインセチアが最後のチャンスと店頭に並べられている。
そしてイブのテーブルを飾るためのポットに入ったフラワーアレンジたち。
店の内部には正月向けの門松などの準備も始められているようだったが。
その中でも彼の目に留まったのは、白い花だった。
緑の茎にふわりと広い葉。
そして花びらの先が少し尖ったような丸い形の白い花。
札にはクリスマスローズと書かれている。
その花に、魅録は彼女の面影を見たような気がした。
真っ白で真っ白で、無垢なその花───
似合わないのはわかってるんだけどさ、と自分に悪態をつきながら、彼は店員に声をかけた。
ジッポーの蓋をかちりと鳴らして火をつける。少しオイルが燃える臭いがしてじじ、っと音が鳴る。
自宅には両親はいない。
昨日の母・千秋の誕生日に彼女にケーキと花束を渡すために父・時宗は彼女を追いかけてオーストラリアに行ってしまった。
暗い室内、ジッポーの火に照らされて先ほど手にしたクリスマスローズのミニブーケが転がっているのが浮かび上がる。
魅録はふーっと煙草の煙と共に長い息を吐いた。
あの人を想いながら手にしたものの、顔に似合わず情熱的な父とは違ってそれを彼女に渡すなどととても想像すらできない。
渡せないことをわかっていて彼はそれを手にしたのだ。
白い無垢な花。
それはとても彼女に似ていた。
かちり、と再び音をさせて蓋を閉じるとその小さな炎は消える。
明かりをつけていない彼の部屋を照らすのは小さな赤い煙草の火。
そして彼愛用の自作パソコンのディスプレイの青みがかった光だけ。
その中で、白い花がぼうっと月のように彼の目をひきつけていた。
ただ、白い花だけが。
(2004.12.24)
(2005.12.11サイト公開)
(2005.12.11サイト公開)
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