2015/02/03 (Tue) 23:23
「で?なんで野梨子をじっと見てたわけ?」
二人だけになったところで可憐がにやり、と美童に笑いかけた。
「ん?別に。野梨子を見てたわけじゃないよ。なに言ってんの、今更。」
美童は苦笑を返す。可憐に悠理と清四郎のことを教えてやるつもりはない。
彼らが親友である自分たちに隠すからには理由があるのだろうし、特別扱いをされるのが嫌なんだろう。
知ってしまったらからかわずにいられないのが自分たちだし、あの照れ屋の悠理が普通にふるまうなんてできないだろうし。
「なんかなあ。受験ってなったとたんに皆の様子が変わっちゃったなあ。」
可憐がシャーペンを放り出して頬杖をついた。しみじみと言う様子に美童は首をかしげた。
「変わったって?悠理のこと?」
突然勉強熱心になった悠理に可憐がショックを受けていたのは見ていた。
本当に、夢見る少女なんだからなあ。魅録が放っておけない気分になるのも無理ないな。
「悠理だけじゃなくて、清四郎も、魅録も。今のとこ、あんたと野梨子は相変わらずだけど、やっぱりあんただって国に帰っちゃうんでしょ?いつかはね。」
あんまり寂しそうに可憐が言うものだから、美童はついついそれを和ませたくて軽口をたたく。
「なに?僕がいなくなると寂しい?」
からかうように口端を上げる美童をだが、可憐は見てもなかった。
「そりゃ、ね。あんただけじゃなくて、皆よ。」
いつまでも6人でつるんでいられるような気がしていた。この時間が永久に続くような気がしていた。
だけど・・・
「魅録がさ、防衛大を受けなかったのって・・・」
言いかけて言いよどんだ可憐に、美童はああ、と合点がいった。なるほど、そっちに気づいてたのか。
「魅録が?なに?」
優しく言う美童に、可憐は首を少し振った。
「ううん。なんでもない。」
美童はふうっとためいきをついた。
悠理と清四郎も、こんなふうに考えてるのかな。と思ったのだった。
あと少しだけでも、可憐に、野梨子に、僕たちに、6人で一緒にいる時間を与えたくて。
あと少しだけだから、この時間を大事にしたくて。
てことは卒業したらあいつらは、存分に二人でいるつもりなんだろう。
そうだな。一生は長い。
そして今のこのかけがえのない時間は短い。いつしかこんな時間が永遠に続くような気さえしてくるが、それはありえないのだから。
だから、もう少しだけ、この時間が続くことを夢見ていたい。
「大学に入っても僕たちは一緒だし、魅録や清四郎にだって会えるよ。そりゃ今までどおりってわけには行かないけどさ。」
それに、世界は狭いだろ?僕たちには。と美童は可憐にウインクして見せた。
可憐もそれを見て、ふっと口元を和ませた。
「ん。わかってる。ごめん。感傷的になってたみたい。」
そういう顔は魅録の前でだけ見せなよ。と美童は言いかけて、やめた。
あいつの前で見せる決心がついてるのなら、可憐はこんなこと言わないだろうと思うから。
「あ?悠理ちゃん、休憩?」
トイレから野梨子の部屋に戻る途中の廊下で和子に呼び止められた。
「そう。和子さんはもう帰るの?」
「ん。あたしのほうは休憩終わり。」
にっこり笑って片目を瞑る和子に、悠理もにっこり微笑み返した。
「そっか。頑張ってね。」
その悠理に和子はちょっと顎に手を当ててからにやり、とした表情を浮かべた。
悠理は見覚えのあるその顔に、ちょっと顔を引きつらせて一歩下がった。
さすが姉弟。表情の作り方が清四郎とよく似ている。あの顔はいたずらをたくらんでいるときの顔だ。
「ねえ、悠理ちゃん。時にアドバイスがあるんだけど。」
「あ、アドバイス?」
油断できない。その顔は油断できないいいい。
和子は悠理のこわばった顔の間近に自分の顔を近づけた。耳元に口を持っていく。
「皆に隠してるんなら、皆の前ではお昼寝しないほうがいいわよ?」
「は?」
悠理は意味が判らず首をかしげた。
隠してるの補語(英語で言うところの目的語)は、「清四郎とのこと」だろうなあ、やっぱり。
それじゃあ、なんで昼寝が関わりがあるんだろう?と本気で意味がわからなかったのだった。
それに和子に清四郎とのことを気づかれているのか、と悠理は焦った。菊正宗家の中で一番知られたくないのがこの人だった。なぜ気づかれたのだろう?
頬を赤らめながら疑問符を飛ばす悠理に、和子は吹きだしそうになりながら、真相を説明した。
「あのね、この間、あたしがおコタで寝ちゃってる悠理ちゃんを起こしたでしょう?」
あれは三が日だった。いつものように清四郎宅で勉強会をし、おせちの残りもご相伴に預かり、ちょっと休憩と称して悠理は居間のコタツで昼寝をした。
そういえば「そのままだと風邪引くわよ。」と起こしてくれたのは和子さんだった。あの時、妙に顔がにこやかだったかな、言われてみれば。
「悠理ちゃんたらね、あの時、寝言ですんごーく嬉しそうな顔で『せーしろー』って呼んでたのよ。」
にっこり笑った顔がものすごく綺麗だった。
見ているこちらが赤面するほどに、夢の中の彼に向ける表情は幸せそうだった。
しかし今の悠理は見る見る赤くなったと思ったら今度は青くなった。
あらあら、迷走神経反射起こしてぶったおれなきゃいいけど。
「か、和子さん・・・」
「なあに?」
あくまでもにっこりと微笑む和子の顔を悠理は呆然と見た。
「み、皆には黙ってて・・・」
「皆には?」
「や、もちろん、清四郎にも・・・」
自分のドジでこの人にばれてしまったなんて知れたら清四郎に愛想をつかされるかも、と悠理は顔面蒼白になった。
あんな風に清四郎から好きだと言われてもやっぱり自分の好きの気持ちのほうが圧倒的に大きいんじゃないかといまだに揺れる悠理なのだ。
和子は今にも失神しそうな悠理の様子に、「あら」と口元に手を当てた。
「やだ、悠理ちゃん。まだ清四郎に告白してなかったの?」
「は?」
悠理はその和子のやや的外れな質問に思わず正直に疑問形で応えてしまった。
するとさすが和子はあの清四郎の姉である。ぴんときたようだった。
「ああ。告白はもうしてたのね。だったら別にそこまでばれるのを怖がらなくても・・・」
悠理はそれでますます眩暈がしそうだった。あああ、なんだ、実は付き合ってるとまではばれてなかったんじゃないかあああ。
「いや、だから、その・・・」
しどろもどろにうろたえる悠理を見て和子はぷっと吹き出した。
「やあだあ、本当、悠理ちゃんて可愛いんだから。あの清四郎が惚れるだけあるわあ。」
悠理はまたも頭が一気に沸点に達した。慌てて廊下を見渡す。
誰も聞いてなかっただろうな。
「はいはい。お姉さんが悪かった。からかいすぎたわね。」
和子はくすくすと笑っている。
悠理は何も言えずに、ただ俯くしかなかった。
「あら、こんなところでなにしてますの?悠理も和子さんも。」
悠理がびくりとして振り返ると、手に急須と湯飲みが4客乗ったお盆を持った野梨子がぽかんとした顔でこちらを見ていた。
真っ赤になっている悠理の様子にただただ呆気に取られているといった様子である。
「ああ、ごめんね、道塞いじゃって。いや、悠理ちゃんを可愛がる清四郎の気持ちがよくわかるわ。」
まだ和子は笑いが止まっていない。
「まあ、和子さんまで悠理をからかって遊んでましたの?本当に清四郎と似たもの姉弟ですわね。」
野梨子が嘆息する。
いつもいつも清四郎にバカにされて癇癪を起こす悠理をなだめるのは自分たちの役割なのだ。今日もそうした面倒が起こるのかと思うとため息も出てくるというものである。
「それだけ悠理ちゃんが可愛いってことよ。」
と、和子は悠理の頭をなでなでと撫でた。
「ま、それは認めますわ。」
子犬か子猫を可愛がるように悠理を可愛がりたい清四郎や和子の気持ちはわからないでもない。
でも悠理の破壊力に対抗できる人間だからこそそう思えるのだろう、と野梨子は思う。うかつに悠理に暴れられてはこちらの身が危うい。
困った人たちだこと、と野梨子はもう一度ため息をつき、和子はかんらかんらと笑いながら帰っていった。
部屋に戻った悠理の赤い顔に、可憐と美童はただただ首を傾げるしかなかったのだった。
(2004.9.20)
(2004.12.30公開)
(2004.12.30公開)
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