2015/02/03 (Tue) 23:28
「全員合格おめでとう!」
と魅録と清四郎が仲間たちへ祝福の声をかけた。
「ありがと。」
「ありがとうございますわ。」
「二人ももうすぐよね。頑張ってね。」
「魅録と清四郎なら大丈夫だって。」
本日は登校日。そして聖プレジデント学園大学内部入試の合格発表である。
入試日は一般入試・内部入試とも一月末の同日に行われた。発表は内部が先で、一般はその後、人数調整が行われてから2日後となる。
有閑倶楽部で聖プレジデント大学を受験した女性三人と美童は全員めでたく志望学科に合格した。
「悠理もよく頑張ったじゃねえか。」
偉い偉い、と魅録が悠理の頭を撫でた。悠理は鼻高々といった面持ちである。
「清四郎もお疲れ様でしたわね。」
野梨子がずっと悠理の家庭教師を続けてきた幼馴染をねぎらう。
「そうですね。自分自身の受験よりも難関でしたよ。」
と清四郎が溜息をつくので、悠理以外の全員が笑い出した。
「ま、気が抜けてお前のほうが浪人する破目になんないようにな。」
美童が苦笑しながら言う。
「清四郎なら余裕だよ!」
悠理が拳を握り締めて力説した。
可憐と野梨子はくすくすと顔を見合わせる。
「じゃ、悠理。例のものをそろそろ出しませんこと?」
と、野梨子に促され、悠理は「ああ」という顔をした。
「なんだ?」
「さあ?」
魅録と美童が顔を見合わせる。清四郎も肩をすくめている。
「男性諸君、聖プレジデントの高等部3年生のこの登校日がほぼ毎年何の日に設定されているか忘れてるわけじゃないでしょ?」
と可憐が片目を瞑った。
美童が「あ」と口を開く。清四郎もさすがに目を見開く。
魅録は、
「えと・・・今日は合格発表・・・」
と呟く。
「そのボケやめようよ、魅録。」と美童が呆れたように言う。
「ですな。ここに来るまでに一度も女子生徒に呼び止められなかったとは言わせませんよ。」と清四郎は珍しく目元を赤く染めている。
「って・・・あ!バレンタイン!」
魅録は気づいて目を見開くと、女たちのいる方向を見て真っ赤になった。
「わかりやす・・・」
「僕が見た限りではここに来るまでにプレゼントは全部断ってましたよ。」
と美童と清四郎がこそこそと顔を近づけている。
「せ、清四郎、お前だって・・・」
と言いかけて魅録は口をつぐんだ。
ここはもとのように彼らだけしかいない生徒会室ではないのだ。
秋に役員を引退した彼らは、生徒会室をすでに新役員に明け渡し済みである。
本日はたまたま天気がよかったので、いつもこんな日には一緒にお昼ご飯を食べていた中庭の芝生の上に集まっているのだった。
木立の向こうでは、彼らにバレンタインのプレゼントを渡そうと虎視眈々と狙っている女子生徒たち(一部男子生徒たち)が聞き耳を立てている。
ここで清四郎と悠理の秘密をばらすわけにもいかないだろう。
「清四郎も荷物、全然少ないよね。全く受け取ってないんだろ?」
美童がその魅録の逡巡に気づいたのか、にやりと横目で清四郎を見ながら言う。
「その気もないのに貰うのは失礼でしょ?」
としれっと清四郎は答えた。
「ふーん。」
と言う美童の視線は妙に意味ありげだったが、清四郎も魅録も見ぬ振りをした。
「さ。お待たせー。」
とそこに満面の笑みを浮かべた女性陣が戻ってきた。
木立の陰に隠していたようだ。
「わお。三人からチョコを貰うなんて初めてじゃない?」
「あら、あたしは毎年義理チョコ上げてたじゃない。」
可憐が口を尖らせる。
「本命に渡すチョコレートの試食を兼ねてましたな。」
と清四郎がツッコむ。
「で、でも今年は三人で一緒に作ったのよ。心を込めた義理チョコなんだから、ありがたく受け取ってよね。」
可憐がごまかすように尊大に言った。
「でもやっぱり義理なんだね。」
美童が苦笑する。
「義理チョコなんか滅多に貰わなくて、美童には逆に新鮮なんじゃありませんの?」
野梨子がくすくすと忍び笑いを洩らしながら言う。
「そうだね。そんなのくれるの可憐くらいだからね。」
「じゃ、あたいは受験勉強のお礼と激励を兼ねて清四郎に。」
皆の目が逸れている隙に、悠理が赤い紙袋をぐいっと清四郎のほうへと突き出した。
一瞬清四郎は虚をつかれたような顔をしたが、微笑んで受け取った。
「ありがとう。悠理。」
「ま。悠理が頬を赤らめてますわ。」
野梨子がびっくりしたように言って口元を手で覆った。
「なんだよ。どういうリアクションだ、そりゃ。」
と悠理は野梨子をじろりと睨んだ。
「いやー、相手が清四郎なのと渡してるのが義理チョコだってのが惜しいわよね。」
と可憐も頷いて野梨子と目配せしあう。
悠理の珍しくも少女チックな姿を本命チョコを渡している姿で見たかった可憐と野梨子なのだった。見事に悠理たちの秘密は二人にはばれていない。
「で?あとの二人は?」
美童がにこにこしながら自分を指差した。
「なんか渡すのが惜しくなるわよね。あの態度。」
「ですわね。」
と言いながらも、野梨子は手に持った白い紙袋を美童の方へと差し出した。
「はい。ご所望の私たち連名の義理チョコですわ。」
「うわあ、野梨子から?」
と美童の顔がぱああっと輝いた。
「いま思いっきり“連名”に力が入ってましたよね、野梨子。」
「そうだな。」
「聞こえないよーだ。」
美童はその紙袋に頬擦りでもしそうな勢いで、清四郎と魅録のほうを睨んだ。
「はい。魅録もこれ。」
可憐が青い紙袋を努めて普通の顔で差し出した。
「あ、ああ、サンキュ。」
と言いながら受け取る魅録の顔。一旦は収まった赤面が再び勢いを取り戻した。
その様子を渡した主である可憐以外は全員微笑ましく見ていた。
結局のところ、魅録の気持ちはばればれだったのだ。
「えー!あたし魅録になのお?」
3人でチョコを作った日、可憐は思いっきり頓狂な声を上げた。
困ったように自分を見る野梨子を無視して悠理は泡だて器を動かす腕を止めずに言った。
「だってお前、年末の件のときに魅録に助けてもらったじゃないか。」
聖プレジデントの小学生がドラッグに手を出していたあの事件。売人の中学生にお仕置きをしようとして、可憐が彼らに連れ去られてしまった。
「あの時はあんたも一緒だったじゃない!」
もちろん、悠理は魅録と一緒に救出に向かったほうである。
「でも暴れたのは魅録だぞ。」
可憐が危ない(実際は彼らは扱いに困っていただけだったのだが)とキレた魅録は、悠理が止める暇もなく全員をのしてしまったのだった。
「何を躊躇しますの?三人での連名なんですから。」
野梨子が首をかしげながら可憐を見上げる。9センチの身長差は女同士とはいえ大きい。
可憐はうっと詰まった。
悠理はわかっていた。可憐が戸惑うわけが。
「可憐。皆で一緒にいられるのはあともう1ヶ月、大学の入学式までなら2ヵ月だけど、それだけなんだぞ。」
その言葉に可憐は弾かれたように悠理を見た。
悠理は存外真剣な目で可憐を見ていた。
「2ヵ月、きっちり6人で楽しもうぜ。大学に入ってからだってもちろん休みには会えるしな。」
可憐はまじまじと微笑む悠理を見る。
その言葉は先日美童に言われたことと同じ。
「だから、義理チョコくらい渡してやれよ。あと少しなんだから、さ。」
片目を瞑る悠理が、全部判ってるみたいで。
戸惑う自分の気持ちだけじゃなくて、未来のことまで見透かしてるみたいで。
初めて女の子同士の話をしている自分たちに気づいた。
「なんだか今日の悠理、美童みたいよ。」
苦笑する可憐に、野梨子もうんと頷いた。
「可憐がどうしても美童に渡したいというなら私が魅録に渡してもいいんですのよ?」
私は別に誰に渡してもいいんですから、と野梨子は言ってくれたが、もう遅かった。
「いいわよ。あたしが魅録に渡すから。」
と可憐は観念して肩をすくめた。
もちろん、悠理と野梨子が更に大きい身長差を乗り越えて目配せしあっているのに気づいてないわけじゃなかった。
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