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こめすた保管庫
二次創作サイト「こめすた?」の作品保管ブログです。 ジャンル「有閑倶楽部(清×悠)」「CITY HUNTER(撩×香)」など。
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2024/05/17 (Fri) 13:15
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2015/02/06 (Fri) 21:38
「有閑御伽草子」第3回。

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「夜だけ、世話になっていいかな?」
 清四郎は驚いた。いきなり寝所に悠理が現れたのだから。
「供はいないんですか?一人で?」
 よく見ると彼女は白拍子装束から烏帽子をはずしただけという風体である。顔はまだ化粧がとれかけて残っている。
「芸だけ売って逃げることにした。だから朝には一座に帰る。」
 ずかずかと遠慮もなく彼の寝所に入り込む彼女は、髪に葉っぱやらついているし、衣装にもところどころ泥がついている。
 垣を乗り越え、勝手に門ではないところから入り込んだらしい。
 そんなことをしなくても下級貴族である菊正宗家に門番などという大層なものはついていないのだが。
 清四郎はやれやれ、と言った体でため息をついた。
「何笑ってるんだよ。」
と悠理は憮然とした顔で振り返り、彼を睨んでいる。
「いえいえ。そう来ましたか、とね。」



 それから夜毎に悠理は清四郎の寝所に忍び込んだのだった。
 とは言っても色っぽいことなど何もない。ただ物語などして、悠理はすぐに眠ってしまうのだ。
 昼間は踊りの稽古やら人足の手伝いやらで疲れ果てているらしい。
 客と寝ないぶん、一座に金を入れようと彼女なりに頑張っているらしかった。
 悠理のあどけない寝姿を見ながら清四郎も眠りにつくのが日課となっていた。

 ある夜のことだった。悠理がせがむので在中将物語(伊勢物語のこと)を語ってやっていたときのことだ。
 不意に部屋の灯火がゆらり、と大きく揺らめいた。
「誰かそこにいるのですか?」
と、清四郎は努めて静かに問うた。
 先触れもなしに一人で寝所に通ってくる悠理のことを屋敷の者もうすうす感づき始めている。
 何もやましい関係はないとは言え、悠理が職業・白拍子であるからには外聞をはばかることには違いない。
 そしてこの時代、どういう関係の二人であろうと、寝所に男女がいるときに踏み込むのは無粋なこととされているような時代である。あえて踏み込むからには彼にとって都合が悪い客と思われた。
「今日こそはお友達を紹介していただこうと思いまして。」
 ゆるゆると優雅に謡うような声が聞こえた。そのあまりに聞きなれた声に清四郎は驚愕した。
「野梨子?!なんてはしたない!」
 もちろん菊正宗家は受領(ずりょう:地方官僚。税収などで金持ち)並みの身分の貴族であり、物越し(すだれなどで隔てた状態)に女房(侍女)越しに対面せねばならないほど堅苦しい家ではない。
 だが年頃の未婚の娘が兄弟同然とはいえ男性の寝所をこの夜に訪問するのは、いくらなんでも礼儀にかなったこととは言いかねた。
「清四郎はなかなかしっぽを出しませんもの。現場を押さえるしかありませんわ。」
 にっこりと微笑みながら少女が衝立の影から顔をひょっこり覗かせた。
 悠理はその少女に目を奪われた。黒い豊かな髪はつやつやと輝き。小さく整った顔立ちに小さな赤い唇。撫子(白から紅に向かって色が濃くなる着物の重ね方)の色目の小袿(こうちぎ)が何とも愛らしい。
 そして少女が大きく目を見張るのをぼんやり見ていた。
「あら、あなたあの市で助けていただいた・・・」
「ええ。だからお礼にかくまってあげてるんですよ。騒がないでくださいね。野梨子。」
 清四郎が苦笑しながら言う。野梨子の耳に入れたのはどの侍女やら。
「まあ、白拍子でしたの。あなた。」
 その言い方に悠理はちょっと口を尖らせた。こんなお嬢さんには遊女である自分たちは汚らわしいだけの存在なんだろう。
「あの時のお嬢さんだろ?こんな下賎な者がお兄様に近づいてて悪うございましたね。」
 ぷいっと横を向く。頬を膨らませた様子は野梨子とどっこいの幼さで、清四郎は吹き出しそうになった。
 一方、野梨子は悠理のその言葉に頬を赤らめた。
「ま、私、そんなつもりじゃ・・・」
 彼女は心底申し訳なさそうに言う。ただあの時、悠理のことを少年だと勘違いしていたのだ。それが白拍子などという女の仕事をしているのが意外だっただけなのである。
「それに清四郎は兄というわけでもありませんのよ。」
「へ?」
 だってあの市で清四郎は彼女のことを妹と言わなかったか?
「野梨子の父上が出家なさったのでうちで引き取って一緒に育ったのですよ。同い年です。」
 清四郎が悠理に説明してやる。
「同い年って、いくつなのさ。」
 悠理は首をかしげる。この二人、とうてい同い年には見えない。
 清四郎は二十歳すぎているように見えるし、野梨子は裳着(もぎ:女子の成人儀式)を迎えたばかり(だいたい初潮を迎える年齢)くらいに見える。
「十六、ですわ。」
 野梨子は心なしか楽しそうである。
「ええ?!あたいと同い年!?」
と、大声を出す悠理の口を清四郎が慌てて手で塞ぐ。
 野梨子まで加わったこの部屋を誰かに覗かれてはさすがにまずい。
「ま。あなたも同い年ですの。奇遇ですわね。」
 ころころと鈴を転がすように野梨子がしのび笑いを洩らした。
 そんな彼女と、悠理の口をまだ塞いだままぜいぜいと肩で息をつく清四郎とを、目を白黒させて見比べる悠理の様子を野梨子は完全に面白がっていた。
 いや、何が面白いと言ってこんなに狼狽した清四郎を見るのは初めてだ。
「清四郎。そろそろ離して差し上げませんと彼女の息が止まりますわよ。」
 くくく、と苦笑しながら野梨子が促す。
 それで清四郎はぱっと手を離した。掌に彼女の柔らかな唇の感触が残っていることに今更気づき、赤面した。
「はふう。死ぬかと思った。」
 悠理は胸に手を当てて大きく息をついた。
「それで、悠理さまは清四郎の部屋になぜ匿われていますの?」
 野梨子がきらり、と光る目で悠理を見据えた。市での乱闘のときに一度聞いただけの彼女の名前を覚えていた。
 野梨子の目は完全に囲碁をするときの彼女のそれである。相手を読もうとじっくり観察する瞳。吸い込まれそうなほどの黒い瞳。
「だから、あなたを助けてもらったお礼だと・・・」
「清四郎は黙ってらして。私は悠理さまに聞いてますの。」
 彼女は好奇心できらきらしている。清四郎は頭痛がしてきた。
「あ、あたいのこと、悠理でいいよ。みんなそう呼ぶんだから。」
「では悠理。」
「その、初めてのお座敷に清四郎がいて、あたいの相方の座をこいつが勝ち取って・・・」
 天井を上目遣いに見上げながら言う悠理。野梨子は唖然とした顔で清四郎をまじまじと見た。
「だから。彼女は恩人で、客をとるのを嫌がってたから、それで僕が匿ってあげることになったんです。」
 屋敷の者に聞こえないように小声ではあるが、しっかりとした声で清四郎が早口にまくし立てた。
 悠理に不埒な真似をしようなんて・・・しようなんて・・・と思うだけで頬が赤らむのを止められない。
 そんな二人の様子を見て悠理もまた、赤面した。

 その場にいる3人が3人とも赤面して黙り込んでいる光景は、かなり珍妙なものだと言わざるを得なかった。

「ま、まあ。あたいは舞を見せるだけだよ。客はとらない。そう決めたんだ。」
 悠理が膝を抱え込んで言った。もう赤面は引き、迷子の子供のような風情である。
 野梨子はそんな彼女の様子を見て、首をかしげた。
「悠理は、あの、魅録さまと妹背(いもせ:夫婦)なんですの?」
「は?魅録と?違うよ。」
 悠理は苦笑して手をひらひらとさせて否定する。
「だったらとっくに一座から逃げてるって。ったく、清四郎も同じこと気にしやがるし。」
 むすっと口を尖らせた彼女を一瞬見て、野梨子はそっぽを向いて考え事でもしている風情の清四郎のほうを見た。
 清四郎も、ね。
 彼女は指先を顎に当てると少し考えにふけった。
「妹背っていうならあんたらは?きょうだいじゃないなら結婚するんじゃないのか?」
 急に悠理が言うので、清四郎も野梨子も悠理のほうをまじまじと見た。
「筒井筒(つついづつ) 井筒にかけし まろがたけ すぎにけらしな 妹(いも)見ざる間に」
───昔、井戸端で背比べしたあなたが、少し見ない間に大きくなってしまって驚きました。
 悠理がさすがいつも今様を口ずさんで慣れているためか、謡うように読みあげる。
「・・・伊勢、ですのね。」
 野梨子がほう、とため息をついた。
 伊勢物語の中の幼馴染の恋の話だ。幼馴染の身分低い恋人同士。この歌を男が女に贈り二人は結婚する。月日がたち、男は山一つ越えた向こうに新しい妻を設ける。あるとき、男は幼馴染の妻の浮気を疑い覗き見する。しかし妻は優しく男を愛しており、細かい心配りをしてくれていた。一方で新しいほうの妻は、自ら櫃から飯をよそって食うような行儀が悪い女で、男の前でだけいい顔をしている女だった。なので男は幼馴染の妻のほうをなお一層愛するという話だった。
 在中将(在原業平、有名な歌人でプレーボーイ)の物語が多い伊勢だが、中将とは繋がりのないこの幼馴染の話は少女たちの心を打つのか人気のある章である。
「さあ、そんな話もあったようですけれど、ね。」
 野梨子が袖で口元を隠しながら目をそらすのを悠理は見ていた。どうも目の前の少女は気乗りしていないらしい。
 悠理が再び首をかしげて清四郎のほうを見ると、彼も苦笑していた。
「それより、悠理は物語が好きですの?」
 悠理へと視線を戻した野梨子の顔はもうもとに戻っていた。
「そうらしいですよ。いつもいつも物語をしてくれとせがむんです。」
 清四郎は片眉を上げながら悠理をちらり、と見た。
 悠理はその視線に少し身を引く。
「どんなお話を?」
「最初は『落窪』。次は『竹取』。今夜は『伊勢』ですよ。」
「じゃあ筒井筒も清四郎がお話したんですの?」
 野梨子がまたもくすくすと笑う。清四郎が女子供のものする物語を語ることすら笑える光景であるのに、筒井筒などというとびきり女が好きな話をするとは。
「違いますよ。筒井筒は僕が教えたんじゃありません。」
 清四郎も意外に思っているのだが、悠理は結構物語を知っていた。清四郎が話してやると、「そのあと中納言は燕のフンを掴まされるんだよな。それで落っこちて体が動かなくなるんだから哀れな奴ぅ。」などと続きを引き取るのだ。
 もちろん白拍子の教養として当たり前のことなのかもしれないが・・・
「筒井筒の話はおたあさんが好きで話してくれたんだ。」
 ふんわりと笑って悠理が言った。
 遠くを思い出すように。
 愛しいものを見つめるように。

「『おたあさん』?」(上流貴族の家庭で母親を呼ぶ幼児語。)
 その聞きなれない単語に清四郎と野梨子が揃って声を挙げて目を見合わせたときだった。

 清四郎の頬が少し強張る。
「清四郎?どうしましたの?」
 さっと走った緊張に野梨子が反応する。
「しっ」と口に指を当てて清四郎は女たちの身動きを封じた。
 どうやら屋敷の敷地内で数少ない使用人たちがなにやら怒鳴っているようである。
「何かあったようです。二人ともここから出るんじゃない。」
と言って、清四郎は腰を上げ、枕上(まくらがみ:枕もと)に置いてあった太刀を手に取った。
 悠理の横を通り抜ける刹那、
「もしもの時は野梨子を頼みますよ。」
と呟いた。
 悠理も静かに、
「わかった。」
と応えた。

 なぜだか痛む胸を押さえながら。

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