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こめすた保管庫
二次創作サイト「こめすた?」の作品保管ブログです。 ジャンル「有閑倶楽部(清×悠)」「CITY HUNTER(撩×香)」など。
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2024/05/17 (Fri) 15:49
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2015/02/06 (Fri) 21:46
「有閑御伽草子」第5回。

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 その屋敷は小さいが、中々に風雅な住まいだった。
 道と隔てる竹矢来の間から庭の様子が透き見できる。さらさらと小規模ながら遣り水が流れ、季節の木々がさやさやと揺れている。
 近所の者によれば元はさる宮家の別邸だったそうだ。
「これは大きな声では言えないんだけどね、一座の棟梁をやってる婦人。もとはその宮家の姫君だったらしいよ。それが白拍子ずれなんぞに身を落としてね。」
と、その中年女はそっと袖で目元をぬぐった。
 世間知らずの宮様。荘園経営に失敗して娘を物持ちの受領に嫁に出したり出家させたりというのはよくある話である。
 しかし白拍子にまでとは、思い切ったことをする。
 さすがにその元宮姫は白拍子を引退し、今では女たちを雇い入れて一座を率いているそうだ。ある意味、家を凋落させた親よりもしたたかだったといえる。

 笛や鼓の音がする。昼間は夜の座敷に向けて稽古を欠かさぬのだ。華やかに見える彼女らはそれだけの努力を負っているのである。
 清四郎はしばらく矢来の外からその様子をうかがった。
「何やってんだい!もっと指先まで魂をこめるんだよ!」
 恐らく棟梁の女のものであろう怒声が聞こえる。これで元宮姫とは恐れ入る威勢のよさだ。
 清四郎ははっとする。
 今、往来から見える縁に出てきたのはあの晩、悠理とともに座敷に出ていた可憐御前だ。気楽な小袖姿である。
 悠理も近くで稽古しているのだろうか?

「覗き見?」
 不意に背後から声をかけられて、清四郎ははっとして振り返った。
 そこに立っていたのは、鬼と呼ばれる金髪の、この一座の笛吹き男だった。
「悠理なら稽古中だよ。邪魔しないでやってね。あいつ頭悪くて振りや歌をよく覚えないんだ。」
 にこにこと人好きのする笑顔で清四郎を見つめている。
 清四郎は表情を変えずに彼に尋ねた。
「今日は悠理に用事じゃない。魅録という男に会いたいのですが。」
 金髪の男は、そう言われるのがわかっていたのか、こちらもにこやかな表情を崩さぬままに首だけ傾げて見せた。
「魅録に用事なの?あいつなら近くの廃寺を寝床にしてるよ。」

 案内してやるよ、と言った金髪男は美童と名乗った。
「うつくしき童子(この時代の“うつくし”は“かわいらしい”の意味)ですか。」
「そ。棟梁に拾われたのが三つのときだったからね。紅顔の美少年だったってわけ。」
 透けるように白い肌。青い瞳に金の髪。高すぎる鼻がこの青年を鬼と呼ばせる。
 堂々とその姿を日に曝して彼は歩く。道行く人々の眉をひそめる姿などお構いなしだ。
 何度も水を通したような粗末な水干に小袴。座敷の時の彼の姿とは対照的に地味な風体だ。
「月夜にその髪は目立つでしょう?隠さぬのですか?」
 昨夜の賊の一人はあなたでしょう?と匂わせながら清四郎は訊ねた。
 美童のほうはやはりとっくにばれていると覚悟していたようで、平然と応える。
「そうだね。子供の頃は隠してたよ。女の子みたいに被衣(かづき)をかぶってね。よく女の子だと間違えられたさ。」
 けれど、被衣の下の彼の青い瞳を見て、人々は逃げていったのだ。
「でもある人がね、お日様みたいに綺麗な髪ねって言ってくれたんだ。だから隠すのをやめた。」
 その言葉を思い出したのだろうか。彼の瞳がふっと優しくなる。彼にとって大事な人なのだろう。
「堂々としてたらね、女性からお呼びがかかるようになったんだよ。」
 悪戯っぽい目で清四郎のほうを振り返る。
 そうかもしれないな。白拍子の女性に囲まれて育ったのだ。女性の扱いはうまかろう。
 そして、彼の姿は禍々しいが、女性的に美しかった。初めて彼の姿を見たときには清四郎も美しいと内心で賞賛したものだ。
「あ、でも安心してね。それ言ったの悠理じゃないから。あいつ、僕のこと男だと思ってないもん。」
と苦笑する美童には、清四郎の悠理への想いなどお見通しなのだろう。
 うっすら赤面した清四郎に、美童は目的地への到着を告げた。

「来るだろうと思ってたさ。」
 魅録は竹を小刀でそぎながら待ち受けていた。内職で竹細工を作っているらしい。
「盗賊のほうが本業なんですか?」
 座るなり、清四郎は懐から昨夜の賊が残していった短刀を取り出して床に置き、単刀直入に切り出した。
 魅録は細工途中の竹を横に置くと、小刀を鞘に収めた。短刀を手に取る。
「ま、自分の食い扶持は自分で稼ぐってだけさ。一座の用心棒ってのは好きでやってるだけだからさ。」
 裕福な貴族の邸宅を狙い、金目のものをこっそりいただく。時には不正の証拠の品を見つけて衛門府に放り込んだりもするんだ、と魅録はおかしげに言った。
「俺はお貴族様って奴が嫌いでね。」
 口端を上げたままじろり、と清四郎を睨む。
「あなたが好意を抱く悠理が大貴族の娘だったとしても、ですか?」
 清四郎は淡々と言う。
 魅録と美童が目を見開いて顔を見合わせた。
「なぜそれを?悠理が自分で言ったの?」
 美童が訊く。それは一座のものしか知らぬはずのこと。
「悠理は何も自分のことは言いませんよ。ただ、彼女は物語をよく知っている。そして口を滑らせたんです。『おたあさん』ってね。」
 上流貴族の家庭で使われている呼び名。母親を呼ぶ名前。
 『おもうさん』『おたあさん』。そう両親のことを呼ぶような家庭に彼女はいたのか?
「確かに、あいつの生まれは、貴族だろうね。」
と、美童は遠くを見た。
「俺はつい二年前、十四で家を出て悠理と会った。だから詳しくは知らんのだが。」
 魅録は目線で美童に続きを促した。
「あれは七つのときだったよ。」

 三つで白拍子一座に拾われた子供、美童はある夜、庭先から泣き声がするのに気づいた。
 大人たちが茂みを探すと、そこには美童と同じくらいの年頃の少女が泣いていた。
 サラサラとしたよく手入れされた髪。ふっくらとした頬。上等な絹の単(ひとえ)に切袴(きりばかま)。
「おたあさん、どこ?」
と繰り返す少女からなんとか棟梁が話を聞きだしたところ、どこぞの貴族の邸に盗賊が押し入ったものらしかった。
 盗賊にさらわれた彼女は何とか自力で逃げ出すことに成功したものの、帰り道がわからずに途方にくれていたという。
「まだ美童とおんなじ七つだってね。お貴族様でも親は親だよ。心配しているだろうにね。」
 当時は零落した宮家出身のしがない白拍子だった棟梁にはその実家を探し当てる伝手もなく、悠理はそのまま一座に居つくことになったという。

 太陽の下でのびのびと育った彼女は、いつしかその出自も忘れ、白拍子見習いとして天真爛漫に日々を過ごしてきた。
「悠理自身、実家を探そうと思えば探せるくらいまでになったけど、もう探す気はないみたいだ。」
 屋敷に閉じ込められて外出もままならず、ただ夫となる男が通ってくるのを待つばかりの生活なんかごめんだ、と言い放ったこともあった。

 だがあの悠理の上品な顔立ち。
 そして最初に着せられていた絹の衣装。
 彼女はいい身分の貴族の娘だったのだろう。

「ではその実家がどこかは、あなたたちは調べてはいない、と。」
 清四郎は顎に手を当てて何事かを考えながら言った。
「まあ、俺もあいつを帰す気はないが、少しは調べたよ。はかどってはいないが。」
 魅録がいまいましげに言う。
 貴族は大嫌いだが、あいつに身を売らせるくらいなら実家に帰すほうがよいのではないか。そう考えているのだった。
「あんたは心当たりがあるの?」
 美童が清四郎に訊ねた。
「うちの姉が剣菱大納言どのの屋敷に女房勤めしてるんですよ。そんな話を聞いたことがあります。」

 一応貴族のはしくれなのだから望めば内侍(ないじ:後宮の女官の職の一つ)として御所に勤めることもできるというのに、姉は大貴族の屋敷への女房勤めをやめようとはしなかった。
 その姉・和子が、宿下がり(休暇で実家に帰ること)の折に野梨子や自分を前にして言っていたのだ。
「大納言家はね、今はご長男の権中納言さましかお子様はいらっしゃらないけれど、本当は姫君もいらしたのですって。」
 いわく、奥方とともに別邸にいる時に賊に襲われ、姫君一人、攫われてしまったのだという。
「まだ七つの姫を半狂乱になって探したそうだけれど、とうとう見つからなかったのですって。」
 あんたたちと同い年の姫様よ。可哀想にね。と姉は袂でそっと目元を拭った。

 大貴族の邸宅の中は一見平穏ながら、そんなものはそこだけの話であった。
 都の上つ方々は帝を蔑ろにして、実権を握る院へのすりよりに終始していた。そこには不穏な権謀術数が渦巻いている。
 そして庶民はというと、日々困窮し、今日の食い扶持を稼ぐにも精一杯という生活を送っていた。
 都を出ずとも、この都の中でもあちこちに流行り病やら飢餓やらで死んだ者たちの死体が転がっている。野犬に喰い散らかされた中に子供の死体があるのも珍しくはない。
 いったん行方知れずになった七つの少女が見つかる可能性などほとんどありえなかったのだ。

 だが清四郎はその姉の話と、悠理の身の上話とが奇妙に一致することに気づいた。
「じゃあ、悠理は剣菱大納言家の大姫(おおひめ:長女)・・・?」
 魅録がぽかんと口を開けている。そんな大貴族の姫だとは。
「もう少し詳しく姉から話を聞いてみることにします。」
 清四郎は姉の婀娜(あだ)な勤めも意外なところで役に立ったものだと運命を感じていた。彼女が勤めをやめぬ理由は秘密の恋人がいるからだと知っている。
「しかし・・・あいつが戻りたがるか?」
 魅録が腕組みをして言う。
「それはわかりません。でも選択肢を与えてやることは出来るでしょう?」
 いつまでも身を売らぬ白拍子として過ごせるとは限らない。後ろ盾のない身で女一人で生きていけるほど世の中は甘くない。
 実家に帰れる算段だけでもつけておくに越したことはない。
「あんた、心底悠理に惚れてるんだね。」
 ほうっと美童がため息をついた。
「な、何を言うんですか。いきなり。」
 清四郎が目元を染めて反論する。
 ちらりと魅録の様子を見るが、彼は腕組みをしてあらぬほうを見たままだった。心ここにあらずといった風情である。
「と、ところで、なぜ魅録は貴族が嫌いなんですか?あなたの実家というのは?」
 清四郎は強引に話題を転換させた。
 魅録は急に話を振られたためか、ちょっときょとんとした風に振り返った。
「ああ、俺は・・・俺も、もとは貴族なんだよ。」
「こいつさあ、検非違使(けびいし:警察と裁判所を兼ねた役職)の別当(長官)の嫡男なんだぜ?それが今や盗賊稼業なんだから笑えるよな。」
 美童が魅録の肩を抱いて言う。
「あの松竹梅どのの?」
 言われて見れば、あの実直ながら情熱がすぎて空回りばかりしている別当殿に面差しが似ているといえなくもない。
 そういえば跡取り息子が元服(男子の成人儀式)はしたが出仕もせずに流行り病で死んだとか噂になっていた。
「家は捨てたさ。だから親にとっては死んだも同然だ。」
と、魅録は美童を押し戻しながら言った。

 放免(罪人の罪を減じる代わりに検非違使の下働きとして使った)の者たちのあまりの扱いのひどさに立腹した。
 だから、貴族を捨てた。

「悠理の幸福がどっちなのか、だから俺には何とも言えんさ。」
 そう言う魅録はひどく苦しげだった。

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