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こめすた保管庫
二次創作サイト「こめすた?」の作品保管ブログです。 ジャンル「有閑倶楽部(清×悠)」「CITY HUNTER(撩×香)」など。
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2015/02/06 (Fri) 21:48
「有閑御伽草子」第6回。

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 仏は常にいませども 現(うつつ)ならぬぞあわれなる
 人の音せぬ暁に ほのかに夢に見え給う

───仏様は常にいらっしゃるわけではないけれど、現実ではないからこそ慈悲があるのです。人が誰も起きていない夜明け前に、ぼんやりと夢に現れなさるのです。(梁塵秘抄)

 白拍子が舞う。
 男たちがほう、とため息をつく。

 その中に一人、熱心に舞姫たちを見る公達がいた。
「中納言殿。見事でしょう?この舞姫たちは。」
 宴の主催者である小太りの左大弁に話しかけられて、細身の権中納言ははっと彼の方を見た。
「そうですね。二人とも美しい・・・」
 うっすらとはにかんだように微笑む。この微笑で彼は宮中生活を大過なく過ごすことに成功していた。その代わりに、ぼんくらのそしりをうけることもあったのだが。
 作り笑いとばれやしなかっただろうか、と少し彼は心配する。
「しかしね、噂では残念なことに悠理御前のほうは、花を売らぬそうですよ。」
 彼も申し込んで逃げられたことがあるのであろうか、やや中年がかった左大弁は忌々しげに言った。
「そうですか、悠理御前は、ね。」
 権中納言は扇の陰でそっと息をついた。

 その視線は、悠理御前を悲しげに見つめていた。



 悠理は目の前で恭しく頭を下げる正式な女房装束の女の姿に呆然とした。
 その客がやってきたのは座敷がたまたま入っていない、ある日の夕刻のことだった。
 同様に戸の隙間からこの部屋を覗き見する可憐をはじめとしたほかの一座の者たちも固唾を飲んでいた。
 急にこの屋敷の前に剣菱大納言家の印のついた牛車が止まったのは今から半刻ほど前のことだ。
 大納言家の使用人らしき小者が文をこの家の主である女に手渡したのだった。
「貴女様のことを調べさせていただきました。大納言家から九年前に行方知れずとなられた悠理君(ぎみ)に間違いございません。」
 牛車から降り立った女は衛門という女房だと名乗った。
「先だっての左大弁さまのお屋敷での舞を兄君である権中納言さまがご覧になりました。お小さい頃の面影が残っていた、母上にそっくりな容貌に育っていた、と涙を流してらっしゃいましたよ。」
 悠理はなんとなく思い出していた。
 そういえばあの宵、やけに熱心に自分を見る公達がいたことを覚えている。
 自分を閨に呼ぼうとしている男どもと同じだと判断して、舞から引けるや早々に野梨子のもとに逃げ出したので覚えている。



 あの、魅録と美童が菊正宗家に狼藉を働いた晩以降、悠理は清四郎の部屋に通うのをやめた。
 代わりに同じ屋敷の中の野梨子のもとに通うことにした。彼女も悠理のことを気に入ってくれたから。
 全く違う境遇で育ったというのに、人間に対する好悪の方向がまるで同じ二人なのだった。
 気さくで明るく弱者に優しい人が好き。
 身分を笠にきて威張っている人は嫌い。

 そして二人はとりとめもなく会話した。
 好きな物語のこと。
 二人がこれまで歩んできた生活のこと。
 野梨子は同じ年頃の少女と話す機会など今までなかったのだ、と言っていた。
 それはそうだろう。きちんと屋敷の中にとどまって、侍女や家族以外と顔を合わすこともない生活なのだから。
 だから、悠理は一座でも同い年の面々の話をした。
 可憐という白拍子仲間のこと。彼女の秘めたる恋の話。
 美童という不思議な風貌の笛吹きのこと。彼の数々の女性遍歴の話。
 そして、魅録の話。

 初めてあいつと出会ったのは十四の時。
 可憐は見事な舞を舞うようになり客をとるようになった。
 だけど悠理はちっとも歌を覚えぬために棟梁から毎日叱られては、食事の量を減らされていた。
 そして見かねた可憐と美童に誘われて市に出たところでヤクザ者に絡まれた。
 お荷物を抱えて苦戦している悠理に加勢してくれたのが魅録だった。

 柄の悪い男たちは彼の顔を見るなりへこへこして去っていった。
 奴らは検非違使の手下として働くことで罪を減じられた放免たちだったのだ。
 魅録は貴族の子弟でありながら、下働きの小者たちのみならず、放免などとも親交を結んでいたのだという。
 そして彼は三人の口利きで白拍子一座の用心棒となる。

 魅録が検非違使の別当の嫡男だということを、自ら清四郎に話したと聞いたときには悠理は仰天した。
「いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
 目をくりくりと見張る悠理に、魅録も不思議そうに応えた。
「さあ?いつの間に・・・だろ?」

 野梨子は清四郎から彼の出自のことを聞いたと言った。
 その時にはその形のよい頬をほんのりと染めていた。
「ねえ、いつか私も可憐や美童や、魅録なんかとも会ってお話がしたいですわ。」

 野梨子は、魅録を想っている。

 そのことに気づかぬ悠理ではなかった。
「そうだな。あいつらもきっと野梨子のこと気に入るぞ。でも美童に夜這いされないように気をつけないとな。」
 美童が、そして魅録が想っているのは・・・と知らぬ悠理ではない。
 だがここ最近、魅録が心ここにあらずと言った風情であることにもまた、気づいていた。
 彼の気持ちに変化が訪れたのだろうか?

 そして悠理自身も、想う人が、できた。



「悠理さま。大納言さまも北の方様(正室)も貴女様の身の上を案じられておりました。私と一緒に戻りましょう。」
 衛門はにっこりと微笑んで見せた。
 その笑顔に、悠理はある人物の面影が重なる。なぜだろう?なぜ?
 悠理はきゅっと唇をかみ締めた。
「あたいは・・・そんなご大層な身分じゃありません。」
「いいえ。私も北の方様のお顔を存じ上げておりますが、本当に貴女様はよく似ていらっしゃいますわ。」
 衛門は悠理が急に自らの出自を知って信じられないでいるのだろうと思った。
「悠理、いえ、悠理さま。私はこのお話信じられますよ。驚くほど幸運な話じゃありませんか。」
 棟梁は居住まいを正してきりり、と言った。だがその目は優しく微笑んでいる。
 自分の娘同然に育ててきた悠理の出自がわかったのである。嬉しくないはずがなかった。
 その凛として悠理を見る姿はさすが元宮姫の貫禄だ、と衛門は思った。
 一方戸惑う若い姫君は、と見ると、膝の上で握った手がかすかに震えていた。顔面が蒼白になっている。
「あたいは・・・姫君の生活なんか・・・したくない!」
「悠理!」
 悠理は叫ぶとそのまま立ち上がり、疾風のように走り去ったのだった。
 大貴族に仕える女房でありしとやかな女性しか見覚えのない衛門は、目の前で起きたことを認識するのにしばしの時間を要した。
 そして何事が起こったか理解すると、袖で口元を覆って身を捩って笑い出したのだった。

 さすがに棟梁はご立腹だった。白拍子として体を売らぬと駄々をこねていた悠理である。
 確かにあの子がそうしたくないと思うのを哀れと思わないではなかった。いくらここで自由奔放に育ったと言っても、もとは良家の子女だった娘だ。

 剣菱大納言家と言えば、藤原氏の中でも傍流の流れではあった。摂関家でもなく政争にも敗れたため、幼い日の大納言は縁者を頼って奥羽で育った。
 いまだにその頃の訛が抜けぬため、「鄙つ大納言」(田舎者の大納言)として有名である。
 しかし傍流の出身であり、そのように軽んじられる要素がありながらも、大納言などという大臣に継ぐ高位に上り詰めたことが彼の実力を物語っていた。
 ましてや彼の子供は権中納言と行方知れずの悠理をおいて他にはなく、妻も受領階級の出身である北の方一人だけである。娘を後宮に入れ、次代の帝を生ませることで権力を握るのが当然のこの時代に稀有な人間と言える。
 その大納言の一の姫。望めば女御として入内することすら夢ではない。
 そこに悠理を綺麗な体のままで帰してやれることとなり、身を売らぬという悠理に怒っていた棟梁も、そのわがままを賞賛したいほどに嬉しかったのだ。

 それを逃げ出すなんて・・・と棟梁は喜びも大きいだけに怒りも大きいのだった。

「ま、私には悠理さまの行き先は見当がついてますわ。」
と衛門はにこやかに牛車に乗り込み、その目的地へと去っていった。
 棟梁はその衛門の捨て台詞に首をかしげた。

 後に残されたお礼と口止めを兼ねた大納言家からの贈り物の数々の山を見ながら棟梁は溜息をついた。
「私はあの子の幸せを願ってるだけなんだけどね。」
「棟梁。悠理は単に離れがたい方がいるってだけなのよ。」
 いつの間にやら棟梁の傍までやってきて床に頬杖をついて宝物の山を見ていた可憐が言った。
「あの衛門って人も知ってたんじゃないかな?あいつバレバレだもんね。」
 珊瑚の飾りのついた櫛を夕陽にすかして玩びながら可憐はおかしそうに肩をすくめた。
 わずか十四のときから一座のため、恩返しのため、と体を売るようになった彼女のこともまた、棟梁は実の娘のように愛しく思っていた。
 だから、その娘の心中を思い、そっともう一つ溜息をついた。

 可憐が本当に心から想う男がいることは知っていた。
 彼女が身を売るのもその男と所帯を持つことを半ば諦めてしまったからだと言う事も。

 悠理にも想い人がいるという。だから白拍子一座から離れたくないという。

 何とも婀娜な娘たちの運命よ。
 自分が彼女たちを拾わなければ・・・と少しく運命を呪う棟梁なのであった。

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