2015/02/19 (Thu) 00:08
「移植後3日目、か。」
「移植も万能の治療じゃないってことなんだな。」
もともと彼のリンパ腫はタチが悪いものだったそうだ。特効薬も効かず、通常の治療プロトコールも効きにくいものだった。末梢血幹細胞移植にすべてを託していた。
だが、リンパ腫に深く侵蝕された彼の内臓が移植前治療に耐え切れなかった。
葬式には、倶楽部の皆で参列した。やっぱり今日も青い青い空がどこまでも広がる夏空だった。
遺影は倶楽部の連中と遊んだときに悠理が撮った写真が使われていた。故人の遺志だという。
まだ病魔の影などどこにも見えない、屈託のない笑顔だった。
葬式の間、悠理は決して涙を流さなかった。
「帰りますよ。」
と彼女の肩を叩いた清四郎の瞳を見て、きゅっと唇をかみ締めた。
「あの日、あいつと何を話したんだ?」
魅録は悠理に尋ねた。
悠理は魅録の方へは顔を向けずに、ふるふると首を振った。
「何も。あいつ清四郎がいなくなったとたんに眠っちゃったんだ。」
眠ってはなかっただろ、と、運転席に乗り込みながら魅録は思う。
眠ったふり、か。
将とは2週間しか続かなかった。
いい奴だったし、付き合い始めたら好きになることもあるといつだったか可憐に言われたセリフを思い出して、その通りになるかもしれないと思っていた。
ああ、こないだ清四郎もそんなこと言ってたよな。
可憐たらあたいにそう言ったのも忘れてそんな清四郎を不誠実だと責めていた。
あの時、彼にキスされた途端に「違う。」と思った。
あたいが欲しいキスじゃない。
「ごめん、違う。違うんだ。」
と言って泣き出した悠理を将は責めなかった。
ただ優しく彼女の肩を抱いていた。
悠理はぞくり、と体が震えた。
自分に嫌気が差す。
こんな残酷な自分が許せない。
「悠理?顔色が悪いですわよ?」
野梨子が心配そうに悠理の顔を覗き込んできた。
「ちょっと寒気が・・・エアコン効かせすぎたかな?」
えへへ、と悠理は苦笑しようとした。
だが、その瞬間、本格的にぞくぞくとした震えが彼女を襲った。
全身に鳥肌が立つ。
「な、こ、この感じ・・・」
目を見開き自分の肩を抱いて震える悠理に、運転席の魅録を除いて一同も思わず彼女を覗き込む。
魅録もバックミラー越しに彼女をちらりと見る。
「また霊か?」
と助手席から清四郎が真後ろに座る彼女の肩に触れたときだった。
ぱしん、と弾かれる感触が二人の肌が触れあっている場所に感じられた。
「あ、消えた。」
突然、その気配は霧消してしまった。悠理はほうっとため息をついた。
「な、何よ、急に誰の霊が・・・」
だが可憐はその続きを言うことが出来なかった。
まさか、という考えがよぎったのだ。
「や、やだな。霊じゃねえよ。縁起でもねえこと言うなよ。」
悠理が怒ったような顔で3列目のシートに座る可憐をぶつ真似をした。
「ちょっと寒気がしただけ。多分風邪だって。」
「馬鹿は夏風邪を引きますからね。」
清四郎がこともなげに言う。
「おい、清四郎、喧嘩を売ってんなら買うぞ。」
じろり、と悠理が清四郎を睨む。
「決闘ならいつでも請けてたちますよ。」
涼しげな顔は保ったままで清四郎は前を見ていた。
「とりあえずエアコンは弱くしましたから。」
皆が喪服を着ているので、車のエアコンを強めに設定していたのだった。
「じゃあ予定変更して先に悠理んちに寄るぜ。」
「別にいいよ。」
と悠理は慌てたように言った。
「夏風邪はタチが悪いですわ。甘えてくださいな。」
野梨子が悠理の右腕に触れると、彼女はちょっと口を尖らせたが、こっくりと頷いた。
そして野梨子は気づいた。
ガラスに映る清四郎の瞳が、悠理をじっと見つめていることに。
黒い黒い瞳が悠理を見ている。
その瞳の色は今まで何度となく見てきたような気もするし、今日初めて見たような気もする。
悠理はその視線に気づいているのだろうか?
今までずっと心にかかっていたことが一つ、掛け金がうまく合わさったような、そんな感覚が野梨子の胸中に感じられた。
「あ、清四郎、豊作にいちゃんが寄ってくれって言ってたんだ。」
「じゃあ僕もここで降りましょう。」
と剣菱邸で悠理と清四郎が車から降りた。
走り出してしばらくは車中の4人は黙っていた。
「私思うのですけれど・・・」
「ん?」
と助手席に移動した美童が野梨子を振り返る。
「清四郎は悠理を愛してるのじゃありませんかしら?」
首をかしげながら言う彼女に、隣に移動してきた可憐は口元をほころばせた。
「今ごろ気づいたの?」
「いいえ、今まで確信がもてなかっただけで、高校の卒業の頃から思ってましたの。」
美童は困ったような顔でそれに続ける。
「そうだね、僕も確信はもてなかったけどね。思ってたよ。」
可憐も観念したように言う。
「あたしも確信は持ってなかったわよ。」
魅録だけが黙って車を走らせている。
「思えばさ~、あの事件の前後くらいから怪しかったわよね、清四郎。」
と可憐が回想する。
悠理が何者かにレイプされていたことが発覚したあの時。
結局彼女は勝手に解決してしまったようで、彼らには真相は知らされなかった。
いつかは話してくれると言うが、今更こちらから聞こうなんて思っていない。
彼女が乗り越えて、次の恋愛に幸福を感じてくれればそれでいいのだ。
それで彼女が傷つくことがあったら、彼らに助けを求めてくれば、そしたら支えてやればいいのだ。
清四郎が彼女を支え、彼女が清四郎を愛するのであれば、彼らにはとても喜ばしいことだ。
「あの時さ、魅録と清四郎は何か知ってたんじゃないかって思ったんだけど。」
美童が運転席の魅録を見る。
だが魅録は何も言わずにハンドルを切った。
口にくわえた煙草がすべての返答を拒否していた。
「これも確証はないんだけどね。」
と美童は溜息を一つついてから舌を出した。
「でも本当、考えてみれば、悠理が他の男と付き合い始めた途端に清四郎も女と付き合うようになったでしょ?」
「そうですわね。そして二人とも長続きしてませんわ。」
悠理のほうはやはり例の事件が尾を引いているのだろうか?と野梨子の顔が翳る。
「清四郎も一番長くて1ヶ月だったね。そういや彼女、和子さんタイプの美人だったな。」
美童が思い浮かべるのは、この春ごろに珍しく1ヶ月続いた清四郎の元恋人。黒い髪で他大学の医学部の2年生だった。気の強そうな関西系の女性。
彼女の可憐よりも豊満なバストが印象に残ってるあたり、男ってしょうがないなと自嘲する。
「そういや清四郎の彼女はタイプばらばらよね。」
「何が共通してるといって、どなたも悠理とは似ても似つかない知性の持ち主と言うことくらいですわ。」
野梨子も結構言うわね、と可憐と美童は思ったが、口には出さなかった。
現在彼女には、高校時代から彼女を好きだったというスポーツマン系(残念ながら悠理には負ける)好青年の恋人がいる。
清四郎は彼が野梨子に告白したいと言ったときに、一も二もなく賛成したと言う。
そして「僕は別にいつまでも野梨子の保護者ではありませんから、何か保護者の許可が欲しいときは彼女の両親の方へお願いしますよ。」と付け加えた。
「そして悠理の相手はやっぱり九耀くんと同じタイプが多いわね。」
可憐が続けた。
野梨子の彼氏にも通じるが、アウトドア派で体を動かすことと食事をすることが大好きで、悠理の食欲にも乱暴にもひるまない。
「そうだね。そして彼らはどこか知的だ。」
美童が続ける。
最初の彼氏は清四郎と同じ経営学を学ぶ学生だった。将は口達者な雑学王だった。最近別れた3人目の彼氏は美童と同じ法学部の学生だった。
「要するに清四郎は悠理と逆のタイプを選んで、悠理は清四郎と似たタイプを選んでますの?」
野梨子がちょっとおかしそうに言う。
「ほら、ついたぜ、可憐。」
会話を遮るように車が減速した。
剣菱邸から皆の家を回ると、最初は可憐の家だ。
「あら、ありがとう。魅録。」
「別にいいよ。それと一つ。」
魅録は皆のほうを振り返った。
「将は本当に悠理に惚れてたんだ。それだけはわかってやってくれ。」
真顔で言う魅録に、残りの3人は絶句した。
「そうですわね。私、お葬式の帰りに無神経でしたわ。」
野梨子が頬を赤らめて俯いた。
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