2015/02/19 (Thu) 00:23
二人は、ベッドの端に腰掛けていた。
清四郎の腕は悠理の肩に回されていた。
悠理の腕は清四郎の腰に回されていた。
反対側の手は膝の上で互いに繋ぎあい、頭をすり寄せ合って、遠くを見ていた。
「可憐は、許してくれなかったな。」
「そうですね。彼女が一番、情が厚いですから。」
許してくれなくていいから、だから戻ってきてよ。
魅録のことだけは、許してやってよ。
「魅録に悪いことしちまったな。」
「随分大きな借りですな。」
「本当、謝らなくちゃ。」
「あいつはわかってくれてますよ。可憐もきっとあいつを許してくれます。」
だって魅録以上に男気があって誠実な男を知らないから。
これまで二人を守ってくれていたのはその彼のおかげなのだから。彼に守られて、今の関係を築くことが出来たのだから。
「本当に魅録はいい男ですね。だから悠理もあいつを僕らと引き合わせてくれたんでしょう?あの15歳のときに。」
魅録をこのメンバーと引き合わせたのは悠理。彼女が彼を連れてこなければ、彼はきっと聖プレジデントには入学しなかった。
悠理が彼を引き合わせ、可憐が美童を引き合わせ、そうして6人がそろったのだ。
「清四郎もあいつらと会えてよかったろ。あたいの手柄だな。」
へへっと悠理は得意げに笑う。もちろんあの時は、清四郎とこんな風になるなんて思ってなかったんだけどさ。
親友の中の親友とも言える清四郎と魅録の関係。美童も含め、三人でいるときれいにバランスが取れる。
互いに弱みを見せ合える親友。互いの足りないところを補い合える親友。
清四郎と美童だけでは繋ぎが足りない。魅録と美童だけでは冷静さが足りない。清四郎と魅録だけでは柔軟性が足りない。
「ええ。お前には本当に頭が上がらない。」
と、清四郎は悠理の額に唇を落とした。
手を繋ぎあったまま静かに眠った二人を叩き起こしたのは、早朝の訪問者だった。
目をこすりながら客を迎えた悠理だったが、その目が見開かれた。
「可憐!!」
ドアの外に立っていたのは、照れくさそうな顔をした可憐と魅録だった。
可憐は唇を尖らせて言った。
「本当はもう少し、焦らせてやるつもりだったんだけどさ・・・」
ごにょごにょと言いづらそうにしている。
お互いに昨夜と同じ服を着ている。可憐たちも帰らなかったのだ、とわかった。
「やっぱり、善は急げって思っちゃったのよ!」
思い切ったように叫ぶ可憐に、悠理も清四郎もただただ呆気に取られる。
清四郎の髪がきっちりとはセットされていないのがまたその呆けぶりに拍車をかけていて、魅録は吹き出しそうになった。
「それは・・・その・・・どういう意味にとっていいんでしょう?」
魅録の気持ちを受け入れたという報告?
ですよね。まさか昨日の今日で僕たちのことを認めてくれるなんて虫のいいこと・・・
「もちろん!許すわけじゃないわよ!わけじゃないけど、幸せにならなきゃ許さないんだから!」
清四郎は頭がついていかない。ちょっと日本語の誤用がある気もするし。
悠理はまだ口をぽかんと開いたままだ。
魅録は本格的にしゃがみこんで笑い出した。さすが二人とも同じ顔してやがるぜ、と思いながら。
「だから、もう、何とぼけた顔してんのよ!清四郎!よく聞きなさい!」
びしっと可憐が清四郎の顔を指差す。
清四郎はやや寄り目になりながら「はあ」と息が抜けたような返事をした。
「悠理を幸せにしなさい。そうじゃなきゃ一生許さない。」
可憐の目がぎらり、と光った。
それはつまり・・・
清四郎の目が驚愕に開かれるのと、悠理が可憐に抱きつくのがほぼ同時だった。
「ちょっと、悠理、苦しい・・・」
ぎゅうぎゅうと悠理の腕が可憐を締め付ける。ちっとは手加減しなさいよ、と可憐は抗議した。
「ありがとう。可憐。ありがとう。」
悠理は泣いていた。可憐の肩に、温かいものが触れた。
可憐の頬にも涙が伝った。
「本当、バカなんだから。あんたって。」
と、悠理の背中に腕を回した。
簡単に認めてもらえるなんて思っていなかった。
いいや、認められてはいけないとすら思っていた。
だけど、やっぱりそれは辛かった。
かけがえのない友人だからこそ、失いたくなかった。
本当はしんどい時にすがりたかった。でもできなかった。
だけど、皆が辛いときにはすがってほしかった。
これからは、また元のように、支えあえる関係に戻れるんだって、信じていいよな?
清四郎には魅録と美童が必要なように、悠理には可憐と野梨子が必要なのだから。
抱き合って大泣きする女たちを男たちは感慨深げに見つめていた。それは見慣れた子供のような泣き顔だった。
清四郎と目が合うと、魅録はぴっと親指を立てて見せた。清四郎も微笑んで同じ仕草を返して見せた。
そして、
「倶楽部の友情にかけて誓いますよ。可憐。」
と言った。
どうせ女たちの耳には入っちゃいなかっただろうが、魅録が胸に刻んだことだろう。
「で、なんで卒業前に結婚式になるのよ。」
青いドレスを着た可憐の額に青筋が出ている。
「本当に。卒業式まであと3ヶ月ですのよ。さすがに呆れますわね。」
深い緑色の振袖を着た野梨子の眉尻もつりあがっている。
「ほら、このめでたい席でそんな顔しないの。二人とも。」
グレーのスーツの美童が困ったように二人をなだめている。
「いいじゃねえか。幸せになるって約束は守ったんだから。」
黒っぽいスーツの魅録は苦笑している。
宴席では花嫁の父、剣菱万作氏と、花嫁とも花婿とも縁戚関係は存在しない松竹梅時宗氏がしこたま飲んで、この上ないほどの上機嫌だ。
バチカンかウエストミンスターで娘のウエディングドレス姿を見たいという希望が叶えられなかった花嫁の母、百合子さんは少し不服そうだが、おおむね機嫌はよい。披露宴で愛娘を着せ替え人形にしているからだ。
白いスーツを着た花嫁の兄は、クリーム色のドレスを着た花婿の姉にぽーっと見蕩れている。
見蕩れられている彼女は、だが白いウエディングドレスの花嫁の体を気遣っていた。
5ヵ月後には、可愛い天使がやってくることになっているのだった。
つまり剣菱古来の仏式の結婚式になったのは、安定期に入ったとはいえ、海外で挙式などして万が一のことがあってはいけないとの配慮からであった。
しかし暢気な花嫁は、少し大きくなり始めた腹が目立たないようにデザインされたドレスをよいことに宴席の料理にがっついて、黒いタキシードを着た花婿から後頭部をどつかれていた。
「だってこいつの分も腹が減るんだよ。」
「それでもウエイトコントロールは必要だと、マタニティ教室で口をすっぱくして教えられたでしょう?」
また腎臓を壊したときみたいに浮腫で腫れあがってもいいんですか?妊娠糖尿病になったら将来の糖尿病発症のリスクが高くなるんですよ。第一、巨大児とかなったら出産のときに苦労するのはあなたなんですよ。
花婿がくどくどと説教を続けている。時宗氏のスピーチなどまるで耳に入っていないようだ。
ぶすくれながら説教を聞いている花嫁も、やっぱりいつもの調子の花婿にどこか嬉しそうだった。
「結局・・・あの顔には逆らえないのよね。」
可憐はため息をついた。
悠理と清四郎のあの幸福そうな顔を見ては、折れざるを得ない自分たちなのだった。
可憐の指には、魅録が贈ったエンゲージリング。
野梨子の髪には、美童が贈った真珠で作られた髪飾り。
女たちは、くすり、と微笑みあった。
すべて彼らなればこそぶつかってきた壁。
すべて彼らなればこそ乗り越えてきた壁。
そしてこれからも手を携えて乗り越えて行く。
それぞれ二人ずつで。
そして6人で。
だから僕たちは・・・
(2004.9.6)(2004.9.19加筆修正)
(2004.9.26公開)
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