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こめすた保管庫
二次創作サイト「こめすた?」の作品保管ブログです。 ジャンル「有閑倶楽部(清×悠)」「CITY HUNTER(撩×香)」など。
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2024/05/17 (Fri) 11:13
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2015/02/19 (Thu) 00:44
「Headache」第4回。

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 左手が強張る。緩む。強張る。緩む。
 びくり。びくり。びくり。びくり。

「清四郎?」
と、悠理が問いかける。しかし清四郎は己の左手を凝視したまま動かない。

 周期の短い震えが指から手首に。やがては肘に。
「くっ!」
 自由になるほうの右手で左手を押さえつけるが、治まろうはずもない。
「あ、あ、あ、あ・・・」
 顔の左半分が奇妙に周期的に歪む。
 その顔を見て思わず可憐と野梨子が悲鳴を上げた。
「きゃあああああああ!」

 がたん。と清四郎の身体が床に倒れこむ。

 いまや震えは左の脚まで及んでいた。それを自由になるほうの右の手足で抑えようとして、清四郎はもがいていた。
 強く噛みあわされた顎ががちがちと音を立て、胸郭も周期的に動いているのか「あ、あ、あ、あ」という短い声が漏れている。
「た・・・タオル・・・タオル噛ませなきゃ。」
 美童が蒼白になりながらもそれでも動こうとする。
「バカやろう!指噛み切られるぞ!」
 魅録が携帯電話を取り出しつつ制した。ともかく救急車を呼ばねば。



 最初に月丸病院にやってきたのは和装を普段着としている清四郎の母だった。父・修平氏は執刀中らしい。
「ああ、ごめんなさい、皆さん。ご心配をおかけして。」
「いえ。」
 聖プレジデントから至近距離にある総合病院なので(菊正宗病院からでも徒歩15分である。)、倶楽部の連中もちょうど到着したところだった。
 清四郎に付き添って救急車に同乗してきた魅録が口を開く。
「痙攣は今は落ち着いてるみたいです。また先生からも説明があるかと思いますけど、呼吸が止まったりもしたみたいで・・・」
「それは抗痙攣薬の一過性の副作用よ。今は戻ってるんじゃない?」
 掠れた声で言った魅録のセリフを遮って後を引き取ったのは、母を車に乗せてきて遅れて駐車場からやってきた和子だった。今日は大学は休みだったようだ。
 清四郎の保護者たちの落ち着いた顔を見て、魅録は思わずソファに座り込んだ。
「ご苦労様。魅録くん。ここの救急外来って声が筒抜けだもんね。」
 早々に改装して欲しいわよね、などと和子はワンピースの腰に手を当ててぶつぶつ言った。
「今はCTを撮りに行ってるところですわ。」
 脱力してしまった魅録の代わりに野梨子が説明する。
「そ。CT撮れるくらいまでは落ち着いたのね。」
と笑んでから、和子ははっとして、弟の親友たちのほうへと一歩進み出た。
「悠理ちゃん、これ・・・」
「あ・・・!」
 スカーフをつけなおすのを忘れてた、と悠理は手で隠そうとしたが、首筋に残る指の痕は隠しきれるものではなかった。
「清四郎、ね?」
「・・・ん。」
 今の今まで忘れていた。清四郎が痙攣しだしてから、悠理の頭は真っ白になっていたから。
「まあまあ、あの子ったらなんてことを!」
 清四郎の母が目を見開いた。そして悠理の手をとる。
「ごめんなさい、悠理ちゃん。なんて謝ったらいいか・・・。」
「本当にわたしたちがもっと早くに病院まで引きずってでも連れてったらよかったのよね。」
「和子ねえちゃん、清四郎、なんの病気なの?」
 悠理の目が揺らぐ。そこにゆらゆらとほのかに映るのは恐れ。
 清四郎の母と和子は目を見合わせた。
「予想はついてるけど、CTの結果を見てから、ね。」



「皆、いいかしら?」
 医師から一通りの説明を受けた和子が、ラウンジにいる5人を呼びにきた。
 案内された先は病棟にある一室だった。「談話室」と書かれていた。
 ぱちぱち、という微かな電磁音とともに、シャーカステン(レントゲンフィルムなどを照らす器具)の蛍光灯が点灯した。
「脳外科?」
 可憐が傍らの悠理の肩を抱きながら呟く。ここに来てからずっと、不安げな表情で固まってしまった悠理の両側を可憐と野梨子とで支えていた。
「うちでは残念ながら脳外科の手術はしてないの。それより、清四郎からの許可も出たから、これを見て。」
と、和子はかこん、かこん、といい音をさせながら大きな黒いフィルムをシャーカステンにセットした。
 それは素人目でもわかる、脳の輪切り画像だった。一枚のフィルムに12枚の写真がプリントされている。
 和子はフィルムの上方を指差した。
「こっちが前よ。ここで眼球が切れてるからわかるわね。そしてこっちが右。」
と、向かって左側を指差す。
「これよ。今回の諸悪の根源は。」
 和子が指差した先には、明らかに周囲の脳組織とは違う真っ白な塊が頭蓋骨から脳へと張り出すように存在を主張していた。
「右の前頭前野にできた4センチ大の脳腫瘍。この画像所見からして恐らくはmeningioma・・・髄膜腫よ。」

 時が、止まる。

「腫瘍って、死んじゃうってこと?」
 悠理が震えた声を発した。
「いいえ。そんなことないわ。」
 和子はそんな彼女に微笑んで見せた。

 髄膜腫。脳を覆う硬膜より発生する良性腫瘍。典型的な発症は中年女性だが、すべての年齢層の男女に発生しうる。脳腫瘍の中でももっとも発生例が多いものの一つである。
「清四郎の場合は場所がいいわ。こんなに表面にあるもの。命に関わる場所でもないし、手術で取り除くのも難しくない場所よ。」
 頭蓋骨に小さな穴を開け、腫瘍を掘り出す。正常脳組織を傷つけることもなく摘出できるに違いない。
 全摘できなかった症例まで併せて再発率は術後10年で10%。しかし今後は定期的に検査を繰り返し、再発しても早期発見ができる。
 しかし禍福はあざなえる縄のごとし。
「でもここは理性を司る場所だわ。だからここに腫瘍ができたことで抑制が外れて凶暴な人格変化をきたしたの。」
 凶暴、という言葉に皆は息を呑む。悠理はぎゅっと手を握り締めた。
「痙攣を起こしたのも運動野の近くだからよ。しばらくは抗痙攣薬が手放せないわね。」
 ふう、と和子は溜息をついた。



 清四郎はベッドの上に起き上がって窓の外を見ていた。よく晴れた青空に、刷毛で刷いたような雲が浮かんでいた。
 こんこん、とドアがノックされ、「どうぞ」と促す。
 ドアを開けて入ってきたのは、派手なピンク色の頭の魅録と、華麗に金色の髪をなびかせた美童だった。二人とも制服姿である。
「いらっしゃい。」
 清四郎は笑んだ。いつもはきっちり固められている前髪がおろされていて、どことなく儚げに見えた。
「起きてていいの?」
と、美童は清四郎のデスクの椅子をベッドに近づけ腰掛けながら訊ねた。
 魅録は丸いミニソファを運んできて座った。
「ええ。安静にさえしていれば、今は十分に抗痙攣薬も入ってますから。」
「手術は来週に決まったって?」
 魅録が訊いてきたのに、清四郎は頷く。
「月曜日に入院して水曜に手術です。」
「僕はまた、手術まで入院しっぱなしかと思ってたよ。」
 美童が肩をすくめる。
「先週の入院では痙攣コントロールと術前検査だけでした。まあ病床の回転数を上げるためにも在院日数は短くしたいみたいですよ。術後も10日以内に退院できます。」
 寝巻きの男がくすり、と笑う。
「それで?今日の用件てなあ、なんだ?」
 魅録がずばりと口にした。
 清四郎の顔から笑みが消えた。そして深々と頭を下げる。
「本当に君たちには迷惑をかけた。すまなかった。そして病院に運んでくれてありがとう。」
 その声は凛としていた。
 普段尊大にふんぞり返り、相手を油断させるためなら嘘の笑みを浮かべつつ慇懃無礼に腰を折るこの男。
 だが、今は心から親友たちへの謝罪の言葉を発しているらしかった。
「謝る相手を間違えてやしないか?」
 すげなく魅録が言う。清四郎が顔を上げると、魅録だけでなく、美童の青い目までもが冷たく清四郎へと降り注がれていた。
 わかっている。それだけのことを彼はしたのだから。
 入院して以降、彼は悠理とは顔を合わせていない。数回見舞いに訪れてきた隣人の少女も彼女の様子を語ってくれることはなかった。
「悠理には、手術から戻ってきてから謝りますよ。そしてどんな制裁でも受けます。」
 清四郎は顔を再び窓のほうへと向けた。
「すべてを病気のせいにして逃げるつもりはありません。悠理は僕に報復する権利がある。」
 きゅ、と唇を噛み締める。毛布を握る指にも、知らず力が籠もる。
「本当に僕は未熟者ですね。これしきのことに振り回されて、凶暴な感情に囚われて、一番傷つけたくない人を傷つけた。」
 声が、震える。
 武道で鍛えられたのは身体だけではなかったはず。心も鍛錬していたはずなのに。
 こんなにも鍛えた理性がもろいものだとは。

 ぽろり、と熱い雫が零れ落ちた。

 魅録と美童は目を見張り、そして顔を見合わせた。
「みっともないですね・・・。これだけは腫瘍のせいだということにしておいてくださいよ。何しろ僕のこいつは僕の理性を傷害しているらしいですから。」
 清四郎の口の端が苦々しく上げられる。男は静かに涙を流していた。
「悠理を、大事に思ってたのは真実なんだな。」
 魅録が今日初めてふ、と表情を和らげた。
 美童もそっとその言葉に頷いて、立ち上がった。
 先ほど悠理の名を口に乗せたとき、清四郎の声には聞くものが切なくなるほどの甘さが滲んでいた。
「そういうことみたいだよ、悠理。」
 かちゃり、と美童がドアを開けるので、清四郎ははっとそちらへ顔を向けた。

 そこには今一番会いたくて、一番会いたくない顔があった。



 清四郎の涙はすでに乾いていた。代わりに、珍しく頬骨の辺りをうっすら朱に染めている。
 悠理は先ほどまで魅録が座っていたソファに腰掛け、ただ黙り込んでいた。
 美童はソファセットのほうへと移動し、魅録はその背もたれに軽く体重をかけていた。煙草を吸いたいのは山々だったが、病人のいる部屋では躊躇われた。
「消えましたね。首筋。」
「ああ。」
 清四郎の罪の痕。悠理の若い肌は何事もなかったかのようにそれを消し去っていた。
 だが、その事実は消えない。二人の心の中から消えることはない。
「悠理、僕は・・・。」
「生きて、帰って来いよ。」
 悠理の決然とした言葉に、清四郎は凝固する。
 彼女は手を己の首筋にあてがった。
「苦しかったんだからな!本当に苦しかったんだから!」
 搾り出すように彼女は叫んだ。
「痛かった!悔しかった!」
 そして、悲しかった。
 今度は彼女の瞳から涙が零れる。それでも彼女は真っ直ぐに彼を見つめたままだ。
「絶対仕返ししてやるんだから、だから、生きて帰って来い!」
 頭をそびやかし、鮮烈なまでの光を瞳に宿らせ、彼を見つめたまま。
 清四郎はぐっと息を飲み込んだ。
 悠理は、強い。これでこそ彼が憧れてやまない、強い彼女だ。
「当たり前じゃないですか。危険は少ない手術だと姉貴も言ってたでしょう?」
 清四郎は受け止める。彼女の光を、全身で受け止める。
 そして彼女の頬に手を伸ばし、涙を拭った。
「約束します。必ず戻ってきて、貴女からの罰を受けます。」
 どんなに気をつけていても事故は起こる。天変地異だとて止めようはない。
 だが、と彼は心に誓う。

 必ず生還することを。

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