2015/02/19 (Thu) 00:32
「清四郎、震えてる・・・?」
「ええ。情けないくらいに。」
頬に触れる清四郎の手に、悠理は自分の手を重ねた。
「手加減してくれよ。」
いたずらっぽい瞳で清四郎の顔を見上げながら言ったら、清四郎も一瞬きょとん、としてから微笑んだ。
「それはかなりのプレッシャーですよ。」
たくさんの人たちを傷つけていた。
かけがえのない仲間の気持ちを裏切っていた。
だけど、捨てられない想いだった。
皆に懺悔した。それから1週間が経った。
季節外れの別荘地には、人気はあまりなかった。地元の人たちがまばらに歩いているだけ。
波の音が聞こえる。
「清四郎んちの別荘ってそういや初めてだよな。」
「そうですね。これまでなんだかんだと皆を連れてきたことはなかったな。」
週末を利用して清四郎運転の車はここ、海辺にある菊正宗家の別荘に来ていた。
春は過ぎ、緑萌える濃厚な湿度の高い空気が大地よりわきあがる頃だった。
中は綺麗に掃除されていた。通いの管理人がいるらしい。
剣菱家から持ってきた、おかかえ料理人特製重箱弁当を夕食として平らげ、悠理は窓辺で潮の音を聞いていた。ざわわ、ざわわ、というリズムに抱かれているようだ。
清四郎は悠理の後に続けてシャワーを浴びているのだった。
全く怖くないと言えば嘘になる。
以前のあの記憶に、ほんの少しの恐怖も混じっていないと言えば嘘になる。
けれど、もう憎しみはなかった。
ともに過ごした年月が、いや増す愛しさを齎していた。
だから、ここにいる。
「波の音が近いでしょう?」
不意に男の声がした。
「気配消して入ってくるなよ。」
「そんなつもりはなかったんですけどね。海に気を取られてるからですよ。」
近づいてくる気配。胸が高鳴る。
波の音が、否が応でも彼女の鼓動を煽る。
波の周期にあわせて、鼓動が早くなり、遅くなる。
眩暈がしそうだ。
そう思っていたら、腕をつかまれた。
しっかりとその力強い腕に支えられているのだという安心感が、悠理を包んだ。
清四郎は窓辺の椅子に腰掛ける彼女の足元に跪いた。
「本当に、いいんだな?」
掠れた声ではいけない。声が掠れていてはいけない。清四郎はその言葉を紡ぎだすのに、非常な努力を要した。
「そうじゃなきゃ、ここまで来るわけないだろ?」
怒ったような、照れたような顔で、悠理は清四郎の顔を見た。
目元がうっすら赤くなってるのなんかばればれなんだろう。
唇を合わせる。舌を絡める。
これだけの行為をするのにも、付き合い始めてから数ヶ月の時間を要した。
初めのうちはただ唇が触れるだけのキス。みっともないほどにお互いに震えていた。
次第にキスは深くなっていった。
ある日、息継ぎのためにうっすら開いた唇から、彼の舌が侵入した。
それまでにかかった時間は何だったのかというくらい、あっさりと彼女はそれを受け入れた。
触れ合う唇から溶け合うような感覚に、ただ酔いしれた。
今も、その接吻(くちづけ)。
パジャマ代わりに着ている紺の作務衣の襟元を彼女がきゅっと掴んだ。
だが、彼は焦らず彼女の背中に回した手で、ゆっくりと彼女の背中を大きく撫ぜた。
そのまま溶け合うごとく、そのまま一つになるごとく。
温もりから離れても、唇がじん、としびれていた。
互いの赤く染まった唇を見詰め合う。
「絶対に幸せにします。皆にそう誓いましたから。」
目が合うと、彼が言った。
その目にあるものは誠実な想いだけ。彼が彼女を想うのは償いの意味じゃない。
それが見て取れたから、彼女もふっと目を細めた。
「あたいも、お前を幸せにするって、約束したんだ。」
野梨子に誓った。可憐に誓った。魅録に誓った。美童に誓った。
互いの幸福は、互いの幸福の上にしかありえないから。
お前を幸せにするために、自分も幸せになる。
自分が幸せになるために、お前を幸せにする。
誓いの印に、彼は彼女の掌にキスをした。
「掌にするキスはね、手の甲にするキスよりも、より相手への敬意や親愛を伝えるためのものなんだそうです。」
もう一度、掌に口付けてから、彼女の目を見つめた。
今度は、唇は軽く触れ合うだけだった。
そしてそのまま、彼は彼女を軽々と抱き上げた。
1組だけ敷かれた布団に横たえられる。
しばらく抱き合うだけで唇を貪りあう。彼女の指が、彼の肩口を優しく撫でていた。
その指が、彼の首筋に軽く触れた。粟肌が立った。
「ん・・・」
漏れたのはどちらの声?
震えているのは、どちら?
その震えも次第に静まる。
彼の熱い手が、彼女の作務衣の紐を解いた。
日焼けした肌が現れた。彼は目を奪われる。
たまらず首筋に吸い付く。
手が彼女の胸を這う。
「っあ・・・」
首筋を強く吸うと、彼女の口から声が漏れた。体温が上がる。
彼はその声にぴくり、と体を震わせた。彼の体温も上がる。
ずっと、この声が聞きたかった。
「今夜は・・・たくさん聞かせてください・・・」
耳元で囁く。
「うん。」
と頷いてくれる。
彼も作務衣を脱ぐ。
衣一枚、空気1ミリすらも、二人の間に割り込ませたくなかった。
素肌のすべてで、お互いを感じあいたかった。
胸元にキスをする。
腹にキスをする。
爪先にキスをする。
腿にキスをする。
一つ一つに万感の想いを込めて。
一つ一つに思いの丈をこめて。
そして、聖域にキスをする。
「ああああ・・・・!」
ひときわ高く彼女が啼く。
泉が溢れる。
熱い。温かい。甘い。
「あ、あ、あ、やあ・・・!」
彼の髪に絡まる彼女の指が愛しくて。
彼の肩に乗る彼女の脚が愛しくて。
その声が・・・愛しくて・・・
指で聖域に触れる。
彼女の体が弓なりにそる。
指で侵入する。
甘く締め付けられる。
たった一度、彼を受け入れただけのその場所は、時を経て、またきつくきつく彼の指を締め付けた。
痛みを与えたくはない。
ゆっくり、ゆっくり、彼はそこをほぐしていった。
くっと指を曲げる。
窪の中でも、盛り上がる場所がある。すっとそこを指の腹で撫で上げる。
「あ、せいしろう・・・そこ・・・」
悠理が片手の甲を口に当てて、こちらを見た。
色素の薄い瞳が、ゆらゆらと燃えていた。
切なげにその炎は揺れていた。
「もう・・・おかしくなりそうだ・・・」
「僕ももう・・・がまんできない・・・」
抱きしめる。彼女をぎゅっと抱きしめる。
「ずっとこうして・・・抱きしめたかった・・・!」
吐き出すように言う彼を、彼女もぐっと抱きしめた。
「あたいも、ずっと、お前が欲しかった。」
抱きたかった。抱きしめたかった。
抱きしめられたかった。
包まれたかった。
心も体も、抱きしめたかった。
いま、この腕の中に、ある。
一つになる。
体が繋がる。
心が繋がる。
独りよがりではなく、ここにお前がいる。
この腕の中にお前がいる。
同じ場所に、いる。
一つに溶け合う。
一つに、なる。
名前を呼ぶ。
一つに、なる。
潮騒が・・・聞こえる。
「波に抱かれてるみたいだな。」
気だるい疲労に包まれて、悠理は呟いた。
「そうですね。人は、すべての生き物は、海から生まれたそうですよ。だから、海の音は、優しく聞こえるのだと言います。」
「これからはもっと海が好きになりそうだな。」
「僕もですよ。」
海から生まれる。
海に帰る。
海から生まれ変わる。
「今日この場所から、僕たちはまた始まったんですよ。」
腕枕した腕をぐっと曲げて、肩を抱く。もう一方の腕で腰を手繰り寄せる。
彼女も腕を彼の背中へと回していた。
「そうだ。そしてもう、離さない。」
彼はくすり、と笑った。
「それは僕のセリフじゃないんですか?」
すると、彼女は彼の顔をぐっと見上げた。
その目は、思ったよりも真剣で、彼は口を閉ざした。
「お前は、あたいのものだ。」
目がそらせなかった。
互いの瞳の中に映る自分が、見えた。
「僕はお前のものだ。永遠に、ね。」
ふっと瞳が和む。
微笑が広がる。
無言で誓いのキスを交わした。
何度も何度も、誓った。
潮騒に包まれて、誓いを交わした。
この波が途切れぬ限り、この誓い破らるることなし。
この海が干上がらぬ限り、この誓い破らるることなし。
潮騒の永遠のリズムが、二人を包んでいた。
(2004.9.8)
(2004.9.27公開)
(2004.9.27公開)
PR
Comment
カテゴリー
最新記事
(08/22)
(08/22)
(03/23)
(03/23)
(03/23)
メールフォーム