2015/02/20 (Fri) 00:37
「なんだかお疲れですね、悠理。」
放課後、清四郎が倶楽部に顔を出すと、悠理が机に突っ伏して眠っていた。
ミセス・エールからおすそ分けの美味しそうなお菓子がテーブルに溢れていると言うのに珍しい。
「今日は授業中もずっとこんなんだったんだぜ?」
と彼女と同じクラスの魅録が言う。授業中は寝ているのが常の悠理と言ってもそれでなおかつ放課後まで寝ているのは寝すぎである。
「またおじさまと飲んでたのかしら?」
可憐が首をかしげる。剣菱家ではよくあることである。
「お酒のにおいはしませんけれど・・・というよりむしろかすかにお香の香が・・・」
悠理の隣に座っていた野梨子が言う。
「お香?悠理が?」
と美童が心底驚く。似合わなさすぎだ。
「そんな匂いしませんよ?」
悠理の傍まで近づいて清四郎が言う。
「なに女の子のにおいかいでるのよ!このスケベ!」
と可憐が顔を赤らめてツッコむ。
清四郎は慌てて離れた。
「な、なに言ってるんですか!悠理のどこが女の子ですか!」
悠理が起きていたらとび蹴りされそうなセリフを言う。
「でもお香の匂いなんか感じないよ。ねえ、魅録。」
「ああ。悠理がそんな辛気臭い匂いを好むわけねえしな。」
美童と魅録が顔を見合わせている。
「あら、でもあたしも言われてみればかすかに感じるけど。」
「ですわよね。」
可憐と野梨子が言った。
「てことは女性陣だけが感じてるんだ。そして悠理は体調が悪い、と。」
美童が何事か考えているようだ。
「おい、その流れはもしや・・・」
魅録がちらりと美童に流し目をくれる。
「そういう可能性もありますね。」
清四郎は自分の席に座りながら悠理を見やる。
「ちょっとお、またコレってこと?」
可憐が胸の前で手を作ってみせる。
「さすがに慣れましたわね。でも、またですの?」
野梨子は心配そうに悠理を見た。
「そういや昨日、ダチの葬式に行ってから顔色が悪くなったな。」
と魅録が言い出した。
「事故だったんだよな。葬儀場とか霊がたくさんいそうだしなあ。」
「悠理もお葬式に行ったんですの?」
「ああ、その死んだ奴ってのが、俺と一緒にいる悠理を見てかなり気に入ってたし。」
すると美童が反応した。
「気に入ってたって、どういう意味で?」
「へ?別に色っぽい意味じゃねえぞ。」
魅録は少し慌てた様子で否定する。いつもならそういう方向に話題を持って行かれても反応が遅めの彼にしては怪しい態度だ。
「ふ~ん。彼、悠理の外見にだまされちゃったんだ。」
可憐がずばりと言う。
「見た目だけは美人だからねえ。」
美童が頷く。
「そして喋って本性がばれた、と。」
清四郎が新聞を涼しい顔で広げながら続けた。
「だから、そういう意味じゃないって。そこらへんにしとけよ。不謹慎だろ。」
魅録は半分本気で怒っている。
皆は舌を出して黙り込んだ。美童は十字を切った。
でも本当にそういう男がいたのか。と美童は思って、眠る悠理のつむじを見つめた。
まあ、美人と言えば美人。なんだかんだと正義感。保護欲をそそると言えなくもない単純馬鹿。
女らしさは微塵もなくてもかえって開発のし甲斐があるし。
そっと美童は何事か思い浮かべて清四郎の表情が読めない顔を盗み見た。
「もしも、ですわよ。」
と急に野梨子が沈黙を破った。
「なに?野梨子。」
可憐が訊ね返す。
野梨子は遠くを見ながら言った。
「もしも、悠理を好きだという殿方が現れて、その方が想いを告げずに亡くなったら、悠理のもとに幽霊になって現れて想いを告げることもできるんですわよね。」
こういう時には不謹慎な考えだとわかってますのよ、と申し訳なさそうに付け加えながら。
「そうね。悠理は怖がるだろうけど、そういう意味じゃ相手は幸せなのかしら?」
「前もそんな話しなかった?」
と美童が言う。
馬鹿、その話を持ち出すなよ、と魅録が顔を右手で覆った。
「え?いつそんな話したの?」
可憐がきょとんとしている。
「いや、だから悠理は幽霊さんと恋に落ちる確率のほうが高いんじゃないかって話をさ。」
美童は魅録の様子にも気づかずに話を続けた。
可憐は目を見開いた。どんな状況で交わされた会話かわかったのだ。
瞳に翳りが見えたのはほんの一瞬だった。少し瞼を伏せると、
「そっか、そうよね。悠理ならありえるかもね。」
と苦笑した。
「清四郎ったら悠理のときは止めませんから、なんて言いましたのよ。」
ちらり、と野梨子が横目で清四郎を見る。
「野梨子も二人も同意してたでしょ。美童はモンローのサインが欲しいと言いましたよ。」
「それ言うなら魅録なんかセナとかスティーブ・マックイーンのサインが欲しいなんて言ってたじゃん。」
「やあだ、あんたたち、笑い事じゃないのよ。」
と可憐がくすくすと笑った。あー、あたしも笑いごっちゃないわよねー、と泣き笑いの表情になる。
そしてひとしきり笑ったあとで、すっと真顔になった。
「でも清四郎。本当に止めないの?」
じっと彼の目を見つめる。清四郎は目線をそらさないままその探るような視線を受け流す。
「悠理が心から望むなら、ですよ。」
可憐は清四郎の瞳に、真剣な光を見たような気がした。
じゃあ、悠理が望まないなら。霊が勝手に彼女を連れて行こうとしたら、あんたはどうするの?
彼女はそう問いかけようかと思ったが、その時は自分たちだって悠理が彼女にしてくれたように悠理を全力で止めるだろう。 いや、あたしは本当に彼女を止められるだろうか?
皆のすることはわかってる。
でも、あたしは?
「でもできればそういうことは生きているうちに言ってもらいたいものですね。それなら祝福してやれますからね。」
清四郎が曖昧に笑んだ。
そうこうしているうちに目を覚ました悠理は単に新製品のゲームソフトに夢中になって寝不足になっていただけだった。
お香の匂いは京都に出張に行っていた豊作の土産の匂い袋のせいだろう、と言った。女らしくしろってとうちゃんに無理やり鞄に入れられたんだよ。
「花の匂いの奴でもごめんなのに、線香みたいに辛気臭いのだったからますます好きじゃないんだけどな。」
と苦笑しながら帰っていった。
続けて清四郎が「人と会う用事があるから」と帰っていった。
その後姿を見ながら魅録は思う。あの時、清四郎が「悠理の時は止めませんから。」と言ったのは、可憐を止めないほうがあいつのためだったのかと悠理が言ったからだ。
あの時は冗談でごまかしたが、可憐は本気であの男の霊を愛していたのだろう。悠理だけがその姿を見ていたのだ。
結局悠理が可憐を止めてくれた。それは本当にありがたい。
だが、悠理は可憐が本気だと気づいていた。
あの時可憐の部屋を振り返ったあいつは、あいつ自身がいつ誰と恋に落ちてもおかしくはない、女の顔をしていた。
恐らく清四郎もそれに気づいていたのだろう。だからああ言ったのだと思う。
その誰かに清四郎は・・・
「これもね、もしもの話よ。怒らないでね。」
「何ですの?可憐。」
「もしも今、何か起こって清四郎が死んだら、悠理のところに想いを告げに現れるのかしら?」
魅録、美童、野梨子の3人は互いに顔を見合わせた。
互いに同じことを考えていたらしい。
「どうかしら?清四郎は悠理の幽霊嫌いを知っていますもの。出てこれないんじゃありません?」
野梨子は眉根を寄せる。
いつも霊がらみの事件では清四郎にしがみついて震えている悠理の姿を思い浮かべる。その清四郎が霊だったら彼女はどういう態度を取るだろう?
「でも案外、自分が悠理をあの世までさらっていっちゃうって意味のさっきの発言かもよ。」
美童は少し楽しそうだ。
例え話でもそれは悲しいことだが、清四郎がそれだけ悠理を想っているというのなら自分には止められないと思う。
「とりあえずあいつらなら生きてるうちに想いをなんとしても告げるどころか遂げそうな気はするが。」
魅録が目線を上に向けて真剣に言う。
先ほどの清四郎のセリフはそういうことだろう。
「清四郎のほうはあの自信家だしね。そんなシチュエーションには意地でも持ってかないか。」
話を持ちかけた可憐も魅録に同意する。
悠理だってそんなシチュエーションは想像もしたくないに違いない。
「ああ、なるほど。」
ぽんと手を打った美童を皆が一斉に見る。
「なんだ?」
「なに?」
「なんですの?」
美童はにっこり笑って言った。
「だから今頃、清四郎の奴、悠理に告白してるんだよ。きっと。」
一同は呆気にとられた。
そしてちらちらと互いに視線を向け合った。
「その通りだったらおもしれえな。」
魅録が吹き出したので、皆も一斉に吹き出したのだった。
野梨子は二人のためにもそうであってほしいと思った。
物事にはタイミングと言うものがあるのですもの。こんなきっかけでもなければあの二人、一生あのままみたいですものね。
彼女は、以前とは違って驚くほど切ない瞳で悠理を見つめる清四郎に気づいていた。
二人とも彼女にとっては大事な幼馴染なのだから今度こそちゃんとうまくいってほしい、と願った。
幸せに。みんな幸せに。
告げられなかった想いがすべて不幸だとは思わないけれど、そんな切ない苦しみを彼らは味わわないでいてほしい。
それが大事な友人たちへの願い。友人たちからの願い。
みんな幸せに。
(2004.8.6)
(2004.10.14公開)
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