2015/03/21 (Sat) 01:10
ふと、隣を歩く少女を見下ろしてみた。
自分の肩ほどもない小柄な彼女。
肩の高さで切りそろえられた髪は、あらゆる者の視線から彼女の首筋を隠す。
そのとき、風が吹いた。
項の白さに目を奪われてしばし足をとどめた。
「清四郎?」
突然足を止めた男に、少女は怪訝そうに振り返った。
黒い瞳同士がぶつかる。
息が詰まる。
「ねえ、野梨子。まだ、いけませんか?」
少女は表情を変えない。
幼稚舎の頃から着続けているその制服のデザインが変わらぬように、表情を変えない。
ただ、首をかしげる。
「なんのことですの?」
薄い笑みさえ浮かべて。
汝穢れなき微笑みを浮かべたもう。
たとえて言うなら、聖母像のごとき笑みを。
婚約者がいながら、父親のない子供を身ごもった聖母のごとき微笑を。
だから、男は嘆息する。
「なんでもありませんよ。ただ‥‥‥」
「ただ?」
貴女を汚したいと、思っただけです。
ようやくただの幼馴染から一歩を踏み出したばかり。
焦るまい。焦るまい。
他の男に恋をした彼女は、生まれ変わった。
だが、その白さは変わらぬままだった。
───私は貴方を愛していますわ。清四郎。今はまだ恋ではありませんけれど。
兄妹のように育った二人なれば、それが恋に変わる日が来るのかはわからなかった。
それでも一歩踏み出すことに同意したのも彼女。
男の欲情を無意識にかわすのが、まだ彼女は彼に恋をしていないからなのはわかっている。
焦るまい。焦るまい。
「僕は幸福な男だと、思っただけです。」
その言葉に少女は目を見張った。
「あら、あなたのセリフとも思えませんわね。清四郎。」
「美童の爪の垢をいただいたんですよ。」
「嘘おっしゃい。」
ころころ、と声を立てて少女は苦笑した。
そのまま振り向いて歩き出す少女に男は軽い失望を覚える。
これで彼女の頬や耳がほんの少しでも赤みを帯びていたら自分はそのまま彼女を離さぬのに。
まだ、彼女は彼に恋をしていない。
その手や肩に触れようと手を伸ばすことも許されず、ただ隣に並ぶ権利を許されただけ。
男は一つ嘆息すると、その権利を享受すべく足を前に出した。
いつか、汚してみせる。
(2005.7.9)
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