2015/02/05 (Thu) 23:31
「あの、菊正宗先輩、有閑倶楽部の皆様と召し上がってください。」
女子生徒が差し出したのは恐らく手作りのクッキー。
生徒会長・菊正宗清四郎はにっこりと営業用のスマイルを彼女とその友人へ返した。
「ありがとう。悠理が喜びますよ。」
すると、彼女の後ろにいる友人が言った。
「いえ、この子が上げたいのは・・・」
「やだ!言わないで!」
泣きそうな顔で友人を制してから、彼女は真っ赤な顔で僕の顔を見上げた。
「ごめんなさい、迷惑ですよね。だから倶楽部の皆様にって・・・」
ああ、そうですか。
と清四郎には合点が行った。
目の前の少女は可憐と同じくらいの身長。
野梨子のように黒々とした髪を腰まで伸ばしている。流れ落ちる滝のようだ。
色白の肌を今は真っ赤にさせている。
一般的に言えば彼女は美人の部類に入るのだろう。
「倶楽部の連中へと言うなら断りませんよ。ありがとう。」
彼女たちは彼がそれを受け取ってくれたことに純粋に感激したらしく、きゃあきゃあと騒ぎながら去っていった。
だが、彼がその言葉にこめた意味は別にあった。
───僕宛のプレゼントだったら断っていましたよ。
「なんだよ、これって清四郎宛だったんじゃないの?」
と美童は辛うじて悠理が皆にも分けてくれたクッキーをかじりながら言った。
放課後の部室。いつものごとく閑人6人組が集っていた。
「僕個人にと言うなら丁重にお断りしていましたよ。」
「もったいない話。」
美童が肩をすくめた。
「気がないのに受け取ったりしないところは誠実でいいんじゃないの?それが外面だけだったにしても。」
可憐は紅茶をサーブしながら言う。
「どっちにしろ食いもんくれる子は皆いい子だ。」
クッキーの半分以上を独り占めして悠理はにこにこしながら言った。
「なあ、野梨子はあいつが女と付き合ってる姿って見たことないんだよな?」
「ええ。そんなそぶりは見たことありませんわ。もちろん私の目の届かないところもたくさんありますけれど。」
魅録と野梨子がひそひそと話している声が聞こえてくる。
清四郎は内心で舌打ちした。この方面の追求はされたくない。
「清四郎って男にもてるけどゲイじゃないよね。でも女にも興味があるようには見えない。」
いつの間にやら美童も二人の会話に参入しているようである。
聞こえてますよ。
「あんたたちの年で女のカラダに興味がないってどうよ。」
可憐が言う。
「知るかよ。」
魅録の顔は真っ赤だ。自分に話を振るな、と言いたげである。
「医学的興味は充分ありそうですわよ。殿方の体との違いを冷静に調べてみそうじゃありません?」
「言えてる。」
野梨子の言葉に美童と可憐がそろって笑い出した。
すると、今までその話題も全く耳に入らない風情でクッキーをかじっていた悠理が急に顔を上げた。
清四郎と目が合う。
そこに漂うのは、ある意味共犯者のもの。
色めいたものとは程遠い冷たい分析がひらめきあう。
そうだ。僕と悠理は同類だ。それを彼女も気づいている。
この場にいる友人たちにはきっと僕たちのことを理解できないだろう。
幼馴染ですら、僕のことを理解できていないのだ。
もちろん僕らは対極にいる。生物学的性別が逆であることしかり。
彼女は単純で遊び好きの怠け者で、僕は学究心旺盛な人間だ。
彼女は本能と感情で動く。僕はほとんどの行動のもとは理性による分析だ。
彼女は友人たちを深く愛している。僕も友人たちを大事にしているが、その感情はどこか冷静だ。
彼女はそれどころか世界中を愛している。僕の愛情は自分をめぐる人たちへと限局され、それもかなりドライである。
そんな彼女との唯一の共通点、それは・・・
「これじゃ足りない。清四郎、食わないなら分けてよ。」
彼女は清四郎の取り分に手を伸ばした。
「はいはい。虫歯には気をつけるんですよ。」
クッキーが乗せられた紙ナプキンを彼女のほうへと寄せようとして、彼の指と彼女の指とが触れ合った。
だが、それは物理的な接触でしかない。
彼ら二人にとってはそれだけでしかありえない。
「本当に悠理は食欲だけだな。お前ももう少し色気づいてもいい頃だろ。」
呆れたように言う魅録に悠理は舌を出して見せた。
「そんなん気持ち悪い。あたいはそんなん一生必要ねえよ。」
「あらあ、わかんないわよ。あんたの言ってたあんたより強い男が現れて恋に落ちるんじゃないの?」
からかうように言う可憐は絶対に気づかない。
一生という悠理の言葉が真実なんだと、きっと永遠に気づかない。
悠理は知っている。清四郎も同じなのだと知っている。
「そういう種類の人間もいるんですよ、可憐。」
清四郎は言いながら立ち上がった。
「は?そういう種類?」
問い返す可憐に応えず、彼は鞄を取った。
「じゃあ、帰ります。今日はSF研の会合がありますので。」
最後にもう一度悠理と視線が合うと、彼は少し微笑んで見せた。
悠理も片眉を上げて応えた。
清四郎が外に出ると、暗くなり始めた東の空にまだ満月まで2日ほど残した月が輝いていた。
どこか欠けた月は彼自身だった。そして悠理だった。
完全に見えるようで、どこか欠けている月。
いつか満ちるように見る人は思う。
だが、彼らと月とでは大きく異なる点がある。
彼と悠理は欠けたものが満ちることはないのだ。
悠理とは同類であるがゆえに分かり合える。
同類であるがゆえに二人がこれ以上近づくことはありえなかった。
彼女との結婚話が持ち上がった時、彼女とならうまくやっていけると錯覚した。
同じものを欠落しているのだから面倒もなかろうと思った。
だが、それは錯覚だった。
彼女との共通点はただその一点に過ぎないのだと忘れていた彼の失敗だった。
彼らが持たざるもの、それには無粋な名前がついている。
その名を、“性的欲求”と言った。
彼はいつか満ちる月をそれ以上見つめることはしなかった。
ただ、足を自分のいるべき場所へと無造作に動かした。
(2004.8.1)
(2004.10.9サイト公開)
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