2015/02/05 (Thu) 23:39
「やっぱり・・・気づいてないよな。」
と不意に悠理が言ったので、清四郎は目線を彼女へと向けた。
「主語が抜けてましたよ。」
と言いながらも、清四郎には彼女が言いたいことがわかった気がした。
悠理の視線の先には、いつもと変わらぬ表情で新しい玉の輿候補にナンパされたと野梨子相手にはしゃぐ可憐がいた。
今日は髪を2本のお下げに編んでいる。
いつもながらナンパしてくるような軽い男が相手でしまいには満足できなくなるのがわかっているのに、なぜ彼女は喜んでいるのだろう?
あいつはモテるのだけが生きがいだなんて茶化してたこともあったが、そういうのとも違う気がする。
やっぱり気づいてないからだろうな。
「なんで惚れた相手に惚れられてて気づかないのかね?」
悠理がその声がする方向を見ると、美童が苦笑してこっちを見ていた。
そういうところが可愛いといえば可愛い。そんなことを言ってられるのも今のうちだけだろうが。
可憐の場合は相手に想いを気づかれたとて、なんら障害はない。むしろ両想いなのだから。
相手に気づかせてはならぬ恋。
そんなものもこの世にあるというのに。
「美童。ため息が出てますよ。」
気づかぬうちに吐息が漏れていたらしい。平然と骨董雑誌をめくる黒髪の男が憎らしい。
この男は僕の想いも全部お見通しなのだろうか?
お見通しで、その上で自分の優勢を誇示しているのだろうか?
「こないだせっかくチャンス作ってやったのにな。魅録はやっぱマヌケだな。」
悠理が頬杖をついたまま呟く。呆れたような口調だ。
美童は彼女のこともちらと見る。
こいつは?恋ではないのか?
いまここにはいない男。
ピンク頭の思われ人。
可憐は彼のことを想っている。
彼に止めて欲しくて無防備に拍車がかかる。
本当は彼からも想われていることに気づきもせず。
放課後の生徒会室には彼らの思惑が交錯する。
「チャンスって?」
美童が悠理の顔をじっと観察しながら言う。
「ん?朝帰りの可憐を迎えに行かせた。海まで連れてったくせにあいつ結局何もできないでやんの。」
悠理はくっと喉を鳴らして笑った。
美童に観察されているなんて気づいているのかいないのか。
だが、彼はその顔に予想していたものを欠片も見つけることが出来なかった。
清四郎は何も言わない。何も言わずに雑誌から目も離さない。
そこに急にドアが開く音がした。
「よお。」
とだけ言って魅録のピンク頭が、この古めかしい雰囲気の部屋の中に華やかさを齎した。
「遅かったですね。」
清四郎がやっと雑誌から目を離して振り返った。
「ああ、いくらなんでも煙草くさすぎるって保健医に捕まってた。」
魅録は苦笑した。
「それは大変でしたわね。待ってて。いまコーヒーを淹れますわ。」
可憐と話していたはずの野梨子が話を切り上げて給湯室へと向かった。
魅録が椅子に座る。
可憐もその斜め前に座る。
一瞬の沈黙が流れた。
「なんか楽しそうに話してたな。何の話だったんだ?」
魅録がぼそっと可憐に話しかけた。
可憐はぴくり、と眉を動かしてから微笑んだ。
「ふふふ。よく聞いてくれたわね。今度こそ確実に玉の輿に乗れそうなのよ。」
誰も表情を変えない。
可憐が話を続けるのを誰も止めない。
ただ、野梨子が新しく淹れるコーヒーの香だけが空間を満たしていった。
「さ、どうぞ。熱いですから気をつけてくださいな。」
と、野梨子が全員にコーヒーを配る。
「ありがと。」
美童は新しいカップを受け取りながらにっこりと野梨子に微笑んだ。
ふと視線を感じてそちらを見ると、今度は悠理がこちらをじっと見ていた。
「なに?悠理。」
「別になんでもない。」
悠理は口端を上げてカップを手に取った。
「悠理。皆には皆のペースがあるんですよ。」
不意に清四郎の声が聞こえた。
悠理はコーヒーを一口飲んでから応えた。
「ん。わかってる。」
美童にはそんな二人の会話はちんぷんかんぷんだった。
結局こいつらのこの雰囲気はなんなんだろう?
この倶楽部の中でも全くの対極にいるようなこの二人が一番分かり合ってるように見えるのは。
でもデキてるとかじゃないよな・・・まさかな。
だってこの二人は全然別の方向を見ている・・・
そして美童は可憐がじいっと魅録を見つめながら話すほうへと目を向けた。
「ねえ。あたし、彼と一緒に夜明けの月を見るかもしれないわ。」
野梨子と悠理がはっと息を呑んだ。
だが、魅録は対して表情を変えなかった。ただ、可憐と、彼女の後ろで暗くなりつつある窓を見ていた。
「今夜は、新月だな。」
魅録はぼそりと呟いた。
月が太陽と一緒に動き、その姿を見せぬ夜。朔の日。
人工の灯りが発達していなかった時代には真の闇が人々を包んだ夜。
何も見えぬ、闇の夜。
「そうね。新月ね。」
何も見えない夜ね。と可憐は寂しげに微笑んだ。
魅録が何を考えているか、彼女には見えない。
そして、魅録にも可憐の想いは見えていなかった。
だから悠理はちらと清四郎の方を見た。
いつもの彼に助けを求める目。美童はそう見て取った。
清四郎はその悠理の視線に気づいたのか気づかなかったのか雑誌を閉じながら言った。
「これから日に日に満ちる月ですね。」
今は手探りで何も見えない気持ちがしているだろう。
先が見えぬ不安に怯えてもいるだろう。
だけど明けない夜はなく、月は規則正しく満ち欠けを繰り返す。
いつか月が満ちるように、想いが満ちるときが来るだろう。
「清四郎にしちゃくさいセリフだね。」
美童は俯き加減で己の長い髪を指で梳いた。その頬に張り付くのは自嘲に近い微笑み。
本当にこいつは手厳しい。
こいつは魅録と可憐の気持ちだけじゃない、僕の気持ちにも気づいているんだろう。
悠理と二人だけで判りあいやがって。
その直後、ぱん、と乾いた音がしたので、皆が何事かと音がしたほうを見た。
魅録が自分で自分の頬をはたいて気合を入れた音らしかった。
「よし!可憐。今日は送るぞ。」
がた、と音を立てて立ち上がった。その目元がうっすら赤い。
その迫力にたじろいだのか、可憐は目を見開いて、
「はい!」
と元気よく返事した。鳩が豆鉄砲食らったような顔だ。
悠理と野梨子がぱあっと日が差すような微笑を交し合った。悠理なんかよし、と小さくガッツポーズを作っている。
なんだ、魅録に惚れてたわけじゃなかったのか、と美童はぼんやり考えた。
魅録が可憐を連れ去り、野梨子もミセス・エールと個人的に約束があるからと去り、美童も今宵のひと時の虚構の相手のもとへと去っていった。
「どうやら美童は余計な邪推をしすぎるようですね。」
生徒会室には清四郎と悠理の二人になっていた。
鞄を持って立ち上がろうとする悠理に、清四郎はそう言ったのだった。
「じゃすい?」
「あいつは悠理が魅録に恋をしていて、僕は野梨子と想いあっていると勘違いしているようです。」
悠理はそれを聞いてますますきょとん、とした顔になった。
「どっちもありえねえ。」
野梨子の気持ちに気づいてないなんて本当にバカだな、あの男は。
悠理は野梨子自身すら気づいていない彼女の気持ちを思い、そっと同情した。
「なんだかんだ言いながらも仲間のことにはかえって疎い男ですよ。」
同じ部分が欠けて生まれた二人は苦笑を交し合った。
喩えて言うならまだまだ彼らは月の赤ん坊。
これから満ちてゆく月。
満ちてはまた欠け、再生を繰り返す。
悠理は仲間の幸福をそっと願うと、生徒会室を後にした。
(2004.9.1)(2005.4.16加筆修正)
(2005.4.16サイト公開)
(2005.4.16サイト公開)
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