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こめすた保管庫
二次創作サイト「こめすた?」の作品保管ブログです。 ジャンル「有閑倶楽部(清×悠)」「CITY HUNTER(撩×香)」など。
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2024/05/17 (Fri) 13:51
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2015/02/06 (Fri) 21:51
「有閑御伽草子」第7回。

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「悠理・・・ここに来るのはやめたのじゃなかったんですか?」
 昨夜宿直(とのい)したので、今日の清四郎は一日休みであった。日課の鍛錬を終え、書を読んでいたところに少女が駆け込んできたのだ。
「野梨子が新しい草紙が手に入ったと待ってますよ。」
 悠理を無碍にあしらう清四郎は、だが彼女がここにきた理由が薄々わかっているのだった。
 権中納言さまが悠理の姿を確認した、と姉から聞いていた。迎えをやるのにちょうどよい吉日を陰陽師に占わせているとも。
「迎えが・・・来た・・・」
 ほら。やっぱり。
「そうですか。よかったじゃありませんか。」
 清四郎は振り返らない。その顔を、悠理のほうへは向けない。
 声はいつもと変わらなかった。まるでなんでもない日常を語るかのようだった。
 休みだったからなのか、今夜の清四郎は狩衣姿(男性貴族の普段着)である。いつも(彼女がやってくる宵には寝巻き姿であった)と違う彼の姿に悠理は違う人間を見ているような錯覚にとらわれる。
「お前・・・お前が知らせたのか?」
 悠理の声が震えている。
「ええ。姉が大納言家に仕えていますのでね。美童からあなたの身の上を聞いて、もしやと思ったんですよ。」
 清四郎はやっと書を文机(ふづくえ)に置き、体ごと振り返った。
 そして円座(わろうだ:藁製の円形の座布団のようなもの)から降り、居住まいを正すと床に手をついて頭を下げた。
「本来ならばこうして直接対面することも恐れ多いこの身。これまでのご無礼、平にご容赦願いたい。」
 またも清四郎の顔が悠理からは見えなくなった。
 彼女は、彼のそんな態度にしばらく呆然と固まっていたが、数瞬の後、力が抜けたようにその場に座り込んだ。
「あたいは・・・ただの白拍子だ・・・」
 俯く。それでも清四郎の烏帽子の天辺しか見えない。
「姫。実家に帰るのが、あなたにとって幸福なことですよ。」
 彼はそう言うと、のろのろと顔を上げた。そこには笑みさえ浮かべて。
「魅録とも美童とも何度も会って話し合いました。あなたの意見を訊かなかったのは悪かったと思いますが。」

 どちらが悠理の幸福なのか、と魅録は最後まで逡巡していた。
 美童も「僕には意見することはできないね。悠理の気持ちを考えたら、ね。帰れとは言えないや。」と言っていた。
 けれど最終的に清四郎が大納言家に知らせる、と告げたときも、「そう。」としか言わなかった。

「あいつらも承知なのか・・・」
「美童の紹介で可憐御前とも話しました。彼女はひたすらあなたの幸福を願っていましたよ。」
 棟梁をはじめとして、年上の女ばかりの白拍子一座。その中で同い年の可憐との絆は堅いものだった。
 そうだろう。「男なんか利用してやるだけよ。いつか殿上人(てんじょうびと:基本的に五位以上の御所への昇殿を許された人々)の目に留まって玉の輿に乗るんだから。」と言いつつも、本当は自分のことよりも恩のある人たちのほうを大事にするあいつだもの。
「野梨子も最初は寂しがるでしょうが、わかってくれますよ。」
 わかってる。そんなことはわかってる。

 あたいが知りたいのはそんなことじゃない。
 悠理は大きく息を吸い込むと、けれど小さな声でそれを口にした。

「・・・お前は?お前は寂しくないの?」

 途方にくれたような目で首をかしげて己を見る悠理に、清四郎は心がぐらつきそうになる。
 だが、今は心を鬼にしなくてはならぬのだ。
「あなたの幸福のほうが大事ですよ。」
 それが精一杯の告白。
 これも彼女への想いの欠片であるのは真実。
 どうか、これだけでも受け取って。

「思えば、大それたことをしてしまったものですね。無礼をお許しくださいね。」
と、清四郎はそっと彼女の唇に指で触れた。
 今宵は座敷がないので彼女は初めて会ったときのように少年のような水干を着て、化粧は一切していない。
 その生めかしさに眩暈がしかける。(“生めかし”とは化粧気のない素顔の状態をさす。そこから情事の後の素に戻った様を指すようになり、現代の“艶かしい”の意味へと転じた。)

 唇を奪ったあの暁。その唇を手で塞いだあの夜。
 記憶が彼の、そして彼女の胸を締め付ける。
「あなたから自由を奪うことになるのはわかっています。でも、身を売らぬ白拍子として一生過ごしていけるなんてあなただって思ってないでしょう?」
 唇から頬へと手をずらす。
 じっと互いの目を覗く。
 そこに互いの真実を探して。
「白拍子じゃなくて、大納言家の姫だったら、お前の北の方になれる?」
 悠理はゆっくり、そしてはっきりと言う。
 六位といえど、歴とした貴族の嫡男。いずれは北面から殿上人のはしくれである大夫まで出世した父をも抜いて、武官としてどこまでも出世していくだろう清四郎。彼にはそれだけの才がある。
 白拍子などを情人とすることはできても、北の方とすることなど到底出来ぬ。その子供の将来に大きく障るからだ。妻の実家の財力が男の出世のための大きな要素。母の実家の血筋が子供の出世を左右する。
 だから、清四郎は白拍子を娶ることなど出来ない・・・
「もったいないお話ですよ。」
 清四郎は苦笑する。胸がきりきりと締め付けられる。
 悠理の想いが、己の想いが、その胸を締め付ける。
「お前の北の方になってやる。そのためなら、帰ってもいい。」
 やっとの想いで彼女はそれを告げた。心臓が喉から飛び出しそうなほどだ。
 そんな彼女の瞳に、清四郎はひきこまれる。
 その不思議に色の薄い瞳に、情けない顔をした自分が映っていた。
「ありがたいですね。」
 有難し。ありがたし。
 この時になっても泣き笑いにも似た苦笑を返すことしか出来ない自分が、清四郎は呪わしかった。

 悠理の顔がゆっくり近づいてきたので、清四郎は瞳を閉じた。
 ふと、唇が触れ合って、離れた。
「あたいの唇は、お前のものだ。清四郎。」

───僕の心も、一生あなただけのものですよ。悠理。
 清四郎は口には出さず、ただ微笑んだ。



「改めまして、衛門大夫、菊正宗修平が娘、和子と申します。大納言家では衛門という女房名をいただいております。」
 衛門。そっか。だから清四郎に似てると思ったんだ。
 女性の真の名は明かさぬのがこの時代の通例である。それは不吉だから、と夫や家族以外は高貴な女性の本名を知ることはなかった。だから多分、悠理の名も恐らくは愛称なのだろう。
 菊正宗家に彼女を追うようにして現れた先ほどの牛車に、悠理は乗ることにした。
 生家に帰り本名を知り、それをあの男に教えることができるだろうか?

 まずは牛車に乗る前に身支度を、と衛門は悠理の着替え一式を持参していた。
「美しいですわ。蘇芳の匂(すおうのにおい)ですのね。」
 祝儀用の重ね色目。上から淡蘇芳・蘇芳・濃蘇芳・青(現代の緑)と重なった色目。悠理の美貌と相まって重厚な威厳を醸し出している。
 仕度を手伝う野梨子が溜息をついた。
 すっかりと袿(うちぎ)姿になった悠理には、圧倒的な空気があった。
 正式な裳着をしたわけではない彼女なので唐衣と裳は用意されていなかったが、晴れ着であることには間違いなかった。

 仕度が整い出立をぼんやりと待つ悠理に、野梨子はそっと草紙を差し出した。
「このようなものを大納言家の姫君には失礼かと思ったのですけれど、私と清四郎からの贈り物ですわ。」
「草紙?何の?」
「『伊勢物語』ですわ。とても文字の綺麗な写本が手に入りましたの。」
 悠理の胸を、清四郎との、野梨子との語らいがよぎる。
 悠理はひっそりと笑むと草紙を手に取った。
「ありがとう。一生大事にする。可憐たちに会わせてやるって約束守れなくて、ごめんな。」
 野梨子は零れそうになる涙を堪えながら首を振った。
「気になさらないでくださいな。清四郎にでも連れて行ってもらいますわ。」
「また自分で屋敷から出るのか?本当、お前もお転婆だな。」
「だから気が合いますのよ、私たち。」
 少女たちは、くすくすとした笑いを交し合った。



「恋文の練習でもなさったらいかが?悠理様に届けるのでしょう?」
 階(きざはし)に腰掛け夜空を見上げる清四郎に、野梨子は声をかけた。
「書きませんよ。一生、どなたにも。」
「清四郎・・・」
 野梨子にもわかっていた気がする。
 悠理の存在を大納言家に伝えると決心した清四郎の覚悟が。
「悠理はね、かぐや姫だったんですよ。」

 月の世界からやってきた姫君。
 彼女は迎えの者たちと帰っていった。

「なよ竹のかぐや姫。月の世界の衣を着て、そうして月の世界の食べ物を食べ、地上の世界のことを忘れてしまうのです。」
 彼女をこよなく愛し育てた翁(おきな)と嫗(おうな)のことを忘れ。
 彼女が不幸にした五人の貴公子のことを忘れ。
 彼女を愛し、守ろうとした帝のことを忘れ。
 前世での罪を贖い月の世界へと帰っていった。
「もとより僕などには手の届かぬかぐや姫。それはわかっていたのです。」

 女御にもなれる大納言家の姫君。
 かたやこちらは大貴族の子息ならともかく、いまこの時点でたかだか六位の若輩者。
 藤原の名さえなく、どんなに出世したとて歳を経て四位がせいぜいであろう。
 そのような者が彼女に妻訪い(つまどい)をする資格など与えられようもない。

 ぼんやりと月を見詰める彼は、今にも闇に解けてしまいそうだ。
 闇に解け、彼女のもとへと馳せ参じ、彼女を包み、守る存在になってしまえたら。
 人の世で添い遂げられぬならいっそ・・・

「魅録も月を見上げていますかしら?」
 野梨子がぽつり、と言ったら初めて清四郎は彼女を見た。
 彼女は清四郎のことを見ていなかった。やはり彼女も月を見ていた。
「そうですね。きっと、ね。」
 清四郎は一旦目を細めると、再び顔を月へと転じた。

「ねえ、清四郎。今度、私を可憐御前や美童や魅録に引き合わせてくださいましね。」
「悠理からもそうしてやってくれと頼まれましたよ。」
「そうですの。悠理が。」

 燭(ともしび)を背けてはともに憐れむ深夜の月
 花を踏んでは同じく惜しむ少年の春

───灯火をはずして一緒にしみじみと深夜の月を眺める
   散った花びらを踏みしめては過ぎて行く若き日の春を惜しむ(白楽天・和漢朗詠集)

 春ならぬこの夜なれど、月が清四郎の心を照らす。
 夢のような春のような優しい時間は、儚く過ぎていく。
 ともにこの時を惜しむ友ばらを思った。

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