2015/02/18 (Wed) 23:54
魅録はその日、おとなしく家に帰ってからも考え込んでいた。
物好きな男もいたもんだ、と悠理には悪いが思わないでもない。
あいつはいい奴だし、よく見れば美人なのだが、はっきり言って女に見えたためしがない。
体つきにしたって、あの摂取カロリーはどこのブラックホールに消えているのかと思うくらいに、がりがりの洗濯板。
一番のネックはあの性格だ。あのはねっ返りで、乱暴でわがままで、救いようがないくらい馬鹿で、単純で。そのくせプライドだけは異様に高い。
清四郎なんかはいつもサル扱いをしているくらいだ。
まあ、清四郎の場合はそういうところが可愛くて仕方がないってところもあるみたいだが。
要するに清四郎なみに物好きな男だな、相手は。
と、ここまで考えたところで魅録の思考回路は一瞬迷路にはまりこんだ。
まさか、な。
力ずくで?言葉巧みにだまして?薬でも盛って?
どれもこれも清四郎の得意技だろう、と考えそうになる自分の頭を軽く小突く。
そんなことがあるはずない。
だったら今まで誰にも気づかれずに過ごすなんてことができるはずがない。
その時、家政婦の文さんから内線で連絡が入った。
「ぼっちゃん、清四郎さんがお見えです。」
「清四郎が?いいよ、通して。」
まるで自分の無礼な考えを見透かしたかのように清四郎がやってきた。
魅録は清四郎に心中で謝り、苦笑した。
ところが清四郎が部屋に入るなり、彼の表情に魅録の顔も強張った。
ただごとでないくらいに思いつめた表情をしている。
沈黙が流れるが、魅録は話を無理には促さなかった。
やはり、こいつは絶望的なほどに悠理に惚れているのか?
清四郎がゆっくりと腹に力を込めて言葉をやっとの思いで紡ぎだすのを黙って見ていた。
「魅録。何も言わずに僕を殴ってくれないか。」
その意外な言葉は、ある種の覚悟を決めていた魅録の度肝を抜いた。
まさか・・・まさか・・・
先ほどの無礼な考えが頭をよぎる。
「理由も聞かずにお前を殴れると思うのか?」
魅録は隙を見せてはならないと思った。
それほどにこの対峙は重大な問題をはらんでいた。
「理由は言えません。でも魅録以上に適役はいないから。」
清四郎と悠理を除けば倶楽部の実戦部隊は魅録しか残っていない。
そして魅録は悠理に誘われて彼らと出会い、聖プレジデントへの入学を決めた。悠理に最も近しいところにいる友である。
何より清四郎にとって彼は、向かうところ敵なしの清四郎と対等に渡り合える最高の親友だった。
「お前が殴れという原因が悠理のことにあるなら、ますます理由を聞かんわけにはいかない。」
清四郎は魅録が殺気をはらむのを静かに受け止めた。
自分のように正式に武道を習っているわけではないが、そこらの極道ですら彼に敵わぬほどの魅録である。その研ぎ澄まされた殺気は鍛えられた武道家の肌感覚をぴりぴりと刺激した。
魅録は腹から声を絞り出した。普段はおとなしい猛獣が唸るかのようだった。
「俺が考えてる通りのことが理由なのだとしたら、ここで俺に殴られるだけで済まそうなんて虫が良すぎるんじゃないか?清四郎さんよ。」
清四郎は顔を歪めた。
魅録になら殺されてもいいと、そう思ってここへ来た。
僕はそれだけのことをしたのだから。
だから、清四郎は自分自身に引導を渡した。
「悠理との、婚約騒動の時だ。」
その目は、魅録の燃え上がる目をまっすぐに見据えていた。
清四郎は疲れていた。いきなり世界に冠たる剣菱グループの会長職を代行することになったからである。
充分に野心も、それに値するだけの才能も、人並みはずれた体力もある清四郎とは言え、その重職は彼に心地よいを通り越した疲労を齎していた。
彼の目に映っているのはただ、己の意のままに動くべき剣菱グループのみだった。
だから、彼は自身の疲労にも気づかず、ましてや剣菱のおまけにしか過ぎなかった悠理自身も見えてはいなかったのである。
「おい!清四郎!てめえ、ふざけんなよ!」
今頃は彼の与えたプログラムに沿ってレディー教育を受けているはずの悠理だった。
さしづめ肌に合わないそのレッスンに癇癪を起こして乗り込んできたのだろう。
「何ですか、悠理。今は悠理の大好きな食事の時間じゃないんですか?」
仮眠していたソファーから起き上がり時計で時刻を確認する。
「何が食事の時間だ!あんな食い方してたらまずいだけだ!メシくらい好きに食わせろ!」
とにかく何をおいても食欲魔人の彼女である。いつもいつも、きちんと味わっているのか疑いたくなるほどの勢いでぺろりと常人の数倍の食事を平らげてしまう。
そんな彼女にテーブルマナーを押し付けることの無謀さを清四郎は思わないではなかった。
それこそが彼にとって完璧な剣菱を築くための最大の難関だったのである。しかしそれを成し遂げてこそ彼の望む剣菱が完成するのだ。
「悠理。あなたは夫に恥をかかせる気ですか?」
と、清四郎は頭を振り、呆れたように溜息をつく。
いらいらする。悠理の大声が耳にやけに響く。
「お前を夫だなんてあたいは絶対に認めないからな。いつかお前を倒してやる!」
清四郎はその言葉に珍しくむかつきを自覚した。
悠理に拒絶されるのは慣れているはずなんだが・・・。
「はいはい、せいぜい頑張ってくださいよ。」
清四郎があんまり馬鹿にしたように言うので。
まるで何度やっても結果は永遠に変わりませんよと、心の中で揶揄されているようで。
事実彼の想いはそのとおりだったので。
悠理は言ってはならないセリフを口に出した。
「あ、あたいがお前に敵わなくても、いつか絶対お前より強い男が現れてあたいを助けてくれるんだ!」
その言葉は清四郎の癇に障った。
同じセリフをつい数日前に言われたときには気にならなかったのに。
他の男に剣菱を、悠理を取られる?
冗談じゃない!
「それで、あなたは僕より強い、見ず知らずの誰かにその身を任せるんですか?」
見ず知らず、というところを強調する清四郎の声は、悠理を萎縮させる力を持っていた。
知らない男に身を任せる。そんなこと考えたこともなかった。
悠理とて両親のように惚れあった相手と結婚することを夢想しないではなかった。
けれど、彼女にとってそれは遠い知らない未来の話であって、そんな目の前の問題でありえるはずがなかったのだ。
結婚に男女の関係が付き物であるなんて、今すぐ考える必要はないと思っていた。いくらなんでも無縁だとまでは思っていなかったが。
少なくとも、今回の結婚話で清四郎とそんな仲になるなんて夢にも考えていなかった。
黙りこんでしまった悠理に、清四郎は彼女の幼い結婚観を見抜いた。
そしていつもなら気にもならないはずのそのことが、彼をますます苛立たせた。
「悠理、可憐にも言われたでしょう?フィアンセなのに同室じゃないのかって?」
じっと彼女の目を見つめる彼の瞳に、悠理は体が凍りついたように動けなくなった。
「もちろん僕だって悠理と今すぐどうこうなんて思ってはいませんでした。」
清四郎の足が動く。一歩。
「でもいずれ夫婦になれば避けて通れないことくらいわかってましたよ。当然ね。」
また一歩。
「悠理。本当に見ず知らずの男でもいいのか?」
二人の距離がほとんどなくなる。
清四郎の腕が悠理に向かってゆっくりと伸ばされるのを、彼女はなすすべもなく見つめていた。
客観的に見て、それは暴力だった。
彼女のか細い体を強引に、普段はろくに使われていないベッドに放り込む。
その衝撃で我に返り慌てて逃げようとする彼女の肩をつかんで、両腕を頭の上に片手で押さえ込む。
何か言おうとするその唇を、いつもは皮肉を行使して彼女を追い詰める唇で、物理的に塞いだ。
空いた右手でセーターの裾から彼女の素肌に触れる。本人も気にしている小ぶりな丘をぐっと掴み上げると、彼女の喉が反り返った。
力では彼に敵わないと先日も思い知らされたばかりの彼女の身体が、またも彼の力にねじ伏せられた。
その後は彼が唇を解放しても、彼女はそれを開こうとはしなかった。
彼が双丘の頂を舌で転がしても。
彼がやわやわとした耳たぶに息を吹きかけキスをしても。
彼がその意地悪な指で快楽の芽を茂みの中から探り出したときも。
決して彼女は悲鳴を上げなかった。
くぐもった声を、必死で飲み込んでいた。
そしてそれは、清四郎の胸に焦りにも似た苛立ちを齎した。
「声を上げないんですか?さっきから気持ち良さそうな声が出口を探してるようですけど。」
だが悠理は低い声音でつむがれるその言葉に一瞬、目を見開きはしたものの、ますます口を堅く閉ざすだけだった。
どうにかして悠理の声を聞きたい。
いま悠理を抱いているのは僕なのだと、僕はいま悠理を抱いているのだと、実感したい。
「上の口は頑固でも、あなたの下の口は正直なようですよ。」
と、清四郎はわざと彼女から溢れ出る泉を指で掻き乱して、ぴちゃぴちゃとした音を立てた。
だが、それは悠理の噛み締めた唇から血を流させただけだった。
彼女が感じているのが快楽ではなく、屈辱なのだとわかっていても、清四郎は彼女に啼いて欲しかった。
屈辱しか感じていないはずなのに、彼女の泉が濡れていることが嬉しかった。
まるきり拒絶の想いしかなければ濡れるはずのない泉である。
だからなおさら、清四郎は彼女の声が聞きたかった。
「悠理、お前は僕のものだ。」
清四郎は彼女の口の端から流れる血を舐め取ると、更なる刺激を与えるべく、己を彼女にあてがった。
悠理の体がびくりと震える。
清四郎はゆっくりと彼女の蕾を押し広げていった。
痛みに顔をゆがめる悠理の爪が、せめてもの抵抗として、彼の腕を傷つけた。
狭い狭い、彼女の胎内で、彼はこれまでの人生で最高の快楽を味わった。
彼を拒絶するかのごとき肉壁に押し返される。その律動は彼を狂わせるほどに甘かった。
ここのところ夢中になっているマネーゲームのことなど完全に頭の中から吹き飛んでしまった。
独りよがりでもなんでも、彼女はいま自分のものなのだという歓喜が彼を包んだ。
一瞬、悠理の顔が切なげに揺らめいた。
彼が初めて見た、彼女のオンナの顔だった。
彼が愉悦の頂点に達した瞬間。
彼は聞こえた気がした。
彼が切望していた。
彼女の甘い声が。
聞こえた。
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