2015/02/19 (Thu) 00:41
ずっと静かに見つめるだけのつもりだった。
けれど思わず抱きしめた。
そして、悠理は思いもかけず、それを受け入れてくれた。
「別れよう。」
そんな言葉を聞く日が来ようとは夢にも思っていなかった。いや、どこかでは予感していたのかもしれない。
痛い。わかる。
またあの目の眩むほどの痛みがやってくる。
それは、予感。
清四郎は口元にだけは歪みにも似た笑みを浮かべたまま、悠理を見つめた。
早朝の鍛錬。それは武道を始めた幼い日からの日課だった。人生の半分以上は朝5時に起床しているのだ。目覚まし時計などに頼らなくても自然と目が覚める。
そんな彼が珍しく寝坊した朝があった。目が覚めたとたん、吐き気に襲われた。
突然の頭が割れんばかりの痛みに。
「まあ、どうしましたの?清四郎。ひどい顔色ですわ。」
清四郎が出てくるのがいつもよりも5分遅れたことを訝り玄関チャイムを鳴らした隣人が、大きな目を見開いた。
「大丈夫ですよ。ちょっと頭痛がするだけです。薬が効いてくれば治まりますから。」
清四郎は片方の眉を上げながらうっすら笑んでみせた。
そういえば、と思う。起床時に頭が重い感触に襲われるのはとうに慣れっこになっていた。
昨夜夜更かししすぎたか、と清四郎は眉根を揉みしだいた。
通学の途上、いつにもまして二人は無口だった。
「清四郎?どしたんだ?野梨子と喧嘩でもした?」
正門のところで行き会った悠理が首をかしげて二人のほうへと近づいてきた。
清四郎も野梨子も一旦顔を見合わせてから悠理のほうを見ると、「おはようございます、悠理。」とまず挨拶をした。
「喧嘩なんかじゃありません。頭痛がするんです。でも・・・」
「でも、なに?」
至近距離で目線を合わせて微笑まれたので、悠理はぽっと頬を赤らめた。
「悠理の顔を見たら少し楽になりましたよ。」
「な・・・!」
「ま。」
顔が爆発しそうなほどさらに紅潮が進んだ可愛い恋人と、二人のそんな様子を見慣れなくてしばしば赤面させられている幼馴染とが同時に絶句した。
「清四郎ったら悠理と付き合い始めてから頭のねじがどっか飛んでったんじゃない?」
突如、3人の背後から女性の声がする。見ると今日は髪をすっきり二つのお団子にまとめた可憐が呆れたようにこちらを見ていた。
「心外ですね。僕は事実を述べたまでですよ。」
清四郎は口を尖らせる。この男には珍しい子供っぽい表情だ。
悠理と顔を合わせたとたんに痛みが和らいだのは事実だった。
もちろん、体内で代謝された鎮痛薬がちょうど有効血中濃度に達したタイミングだったのだろう、と彼自身判断はしていたのだが。
「昼にはきっと痛みはひいてますよ。」
「うん。あんまし無理すんなよ。最近しょっちゅう頭痛してんじゃんか。」
ふわふわの頭を撫でられながら、悠理は知らなかった部分をどんどん見せてくれる恋人に言った。
そして、昼休み。悠理は清四郎より先に部室に来ていた。ドアを開けて入ってきた清四郎のほうへと心配そうな顔をして駆け寄ってきた。
「大丈夫か?」
「ええ。もう完全に痛みはありませんよ。」
食欲の塊である彼女が弁当箱を開きもせずにおとなしく待っていてくれたことが清四郎は嬉しかった。
その日の午後、彼は朝の不調が嘘のように気分よくすごすことができた。
そうだ。最初のうちはあんなふうに他愛のない幸福を互いに噛み締めていたのだ。
また、あの痛みが来る。
それを迎え入れながら清四郎はただじっと悠理を見つめる。
「あたいと付き合い始めてからお前、変わったよな。今まで以上に怒りっぽくなってさ。」
悠理は無表情のままに事実を語る。怒りも悲しみさえそこには滲ませず。
それまでも悠理は幼馴染として、親友として仲間として、彼のことをよく知っているつもりだった。
だけれど彼と恋人同士と言う関係になってからは、それまで見たこともなかった彼の新しいところをたくさん知った。
知るたびに嬉しかった。
悠理がクラスメイトや一般の生徒たちに話しかけられ微笑み返すことにすら時に不機嫌になるほど嫉妬深い彼の一面も、彼女を驚かせた。最初はそんなところが可愛いとすら思えたものだった。
日曜の夜、悠理の部屋に現れた清四郎は初めから眉根に皺を寄せていた。また頭が痛んでいるのか、と彼の頭をそっと抱き寄せようとした腕をがしっと掴まれた。
「痛い・・・!」
悠理はあまりに強い彼の握力に顔をしかめる。
「悠理。この週末は誰とどこへ行っていた?」
「え?ツーリングって言ったじゃんか。」
悠理は雲行きが怪しくなるのを予想はしていた。付き合い始めてすでに半年。彼の嫉妬深さはもう可愛いなどと呼べる域ではないことに、悠理のみならず倶楽部の皆や菊正宗家の人々までもが気づいていた。
そんな彼に彼女は閉塞感を感じてきていた。
金曜午後の些細な喧嘩。ちょっとしたことで二人が口争いを始めるのはすでに日常の風景だった。
だから、彼女は「週末はツーリングに行くからうち来てもいないぞ!」と言い捨てて、言葉通りに出かけていたのだ。
「魅録と?それとも他の男と?」
「そうだよ。魅録もいたし、他のダチ連中もいたよ。誰とも二人きりになんかなってない!」
清四郎は低く押し殺した声のままだったが、悠理の声は大きくなっていった。
まただ、という想いが強かったのだ。
清四郎は、悠理を束縛したがる。
以前の婚約騒動でもそうだった。
付き合い始めたときに彼は言っていた。
「たぶんあの頃にはもう悠理を愛していたから、無意識のうちに縛り付けてしまったようです。」
と。
剣菱のおまけではない悠理。彼女自身を愛していると、あの騒動が済んでから自覚したのだと、そっぽを向いたままで彼は告白した。
もちろん今回は剣菱と言う“おまけ”が絡んでいないので、行儀作法や勉強を押し付けることはなかった。
ただ、彼は悠理の時間を、悠理の視線を、悠理のすべてを独占したがった。
それは形の違う束縛だった。
結局、清四郎は悠理を自分の所有物として束縛しようとするのには変わりないのだ。
「二人きりにはなってなくても、僕のいないところで他の男と一緒にいたんでしょう?」
だからそう言われてますます腹が立った。
彼女の自由な魂を愛していると言ったあの言葉は嘘だったのかと悲しくなったから。
「うるさい!あたいはお前の持ち物じゃない!」
彼女が叫んだ声が清四郎の耳に突き刺さる。
なんという声を出すのか。夜中に迷惑でしょうに。と彼は不快を露わにした。
頭が、痛い。
彼は強引に彼女の腕を引くと、噛み付くように唇を合わせた。初めは抵抗を見せていた彼女だったが、次第におとなしくなっていった。
は、まるでただの女じゃないか。
清四郎は心のどこかで嘲笑している自分に気づいた。
性急に彼女の服を剥ぎ、己の服も脱ぎ捨てる。もうこうなると彼女はとろとろに溶け始めている。何しろ彼がすべて教え込んだ体なのだから。
首筋に噛み付くように口付けると、彼女が喘ぐ。そんな空気の波動ですら清四郎の耳から脳髄をがんがんと刺激する。
痛い、痛い、吐き気がする。
「いたっ。」
乳首を噛み千切らんばかりに歯を立てたら、彼女が悲鳴を上げた。危ない危ない。これを千切りとってしまったら彼女の快楽のポイントが減ってしまうではないか。
そのまま彼は謝罪すらしないままに、彼女の肩に、かいなに、乳房に、腰に、歯形をつけていった。そのたびに彼女が悲鳴を上げ、彼の頭をぽかぽかと殴る。
「痛いじゃないですか。」
一旦体を彼女の体の上に完全に覆いかぶせるように頭を彼女の顔の脇に戻すと、耳元で囁いた。
いや、囁いたというよりは低く低くドスをきかせた言ったほうが正しい。
あの悠理がぎくり、と体を強張らせてしまったくらいだ。
「お仕置きですよ。」
というと、一度は濡れたものの噛み付かれたショックで乾き始めている悠理の中に己を突き立てた。
「やあ!」
悠理が短く声を上げる。
これまで彼が避妊の配慮をせずに行為に及んだことはなかった。なのに今はその配慮もない。いつものような優しい前戯もなく、悠理の体への気遣いもなかった。
「痛い!やだ!生はイヤだ!」
と、悠理は動ける範囲で手足をばたつかせる。清四郎の先端から先走る液で胎内はぬめり始めていたが、彼女の固くなってしまった肉には過酷過ぎる摩擦だった。
「大丈夫ですよ。こういう関係になって何ヶ月経つと思うんです?今日は赤ん坊はできませんよ。」
清四郎は悠理の腕を片手で一まとめに彼女の頭の上へと絡めとりながら言いはなった。
その言葉には温度がなかった。
ひやり、と、ざらり、と悠理の心臓をかすめていった。
悠理は完全に怒りの虜となっていた。
「清四郎てめえ!ぶっころす!」
両手を戒められ、下半身は繋げられた状態でろくに体を動かすことはできなかったが、柔軟性を利用してめいっぱい脚を体に引き寄せて清四郎を蹴ろうとする。
だが清四郎はより彼女の体の奥を突き、体を密着させることで蹴りをかわした。
突かれた瞬間はさすがに痺れで体が動かなかったが、悠理はそれでも果敢に暴れ続けようとした。
「黙れ。」
一言、清四郎が呟いた。
夕方の生徒会室は時が止まったかのようだった。
清四郎と悠理がにらみ合ったまま黙り込んでしまい、仲間たちも一声すら挙げることができなかった。
そして、清四郎の口が動く。
「それで?あの時のように果たし状でも持ってきましたか?それとも三行半、かな?」
一息に言ってから、少し口元を歪めた。
「ああ、三行半が何かお前さんにはわからないか?」
その言葉に悠理は頬を紅潮させた。
いつものようにバカにされたことがわかったのはもちろんだ。
だが、彼女がこの部屋に入ってくる前に思い出していたのと同じ過去を彼も思い出していたことが、彼女の胸を突いたのだ。
「そうだな。確かに三行半だな。」
ただし、先だってのように誤字だらけの代物を持ってきたわけじゃない。
悠理はスカーフをしゅるり、と音をさせて解く。
可憐と魅録が眉をひそめつつ、唖然と目を見開いた。
美童と、椅子に再び座り込んだ野梨子は、互いに顔を見合わせ、唇を噛み締めた。
ぱしん、と軽い音がした。
軽くて柔らかい素材だけれど、ある程度以上の長さを持ったそのスカーフは、清四郎の頬をちくりと掠めるだけの勢いを持たせることはできた。
そう。悠理ははずしたスカーフで清四郎の顔をはたいたのだった。
もちろん彼には毛ほども応えてはいなかったが。
「これがてめえへの三行半だ!」
と、悠理は己の首筋を仲間たちに見せ付けた。
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