2015/02/20 (Fri) 00:17
これも一つの甘い生活と言うんでしょうかね?
きっかけは新聞部のインタビューだった。
生徒会役員のそれぞれプロフィールが欲しいということだった。
「悠理。あなたこうなるのがわからなかったんですか?」
と清四郎は眉間を押えて言った。頭痛がしてくる。
「だって~、ここまで効果があるとは・・・」
さすがの悠理も顔が青ざめている。
倶楽部のほかの連中も途方にくれていた。
悠理は「最後に一言」と言われてついうっかりと言ってしまったのだ。
「ケーキはなんでも好きだけど、ナポレオンパイが一番好きだ。」
確かに貢物を期待していなかったわけじゃない。
ナポレオンパイじゃなくてもなんでも好きなのは事実だが。(好き嫌いがないのは天晴れだ。)
あえてそれと言ったのは可憐が好きだし、皆だって嫌いじゃないから倶楽部の連中も喜ぶと思ったのだ。
結果。聖プレジデントの女生徒達が、連日店に出ているナポレオンパイをすべて買い占めて持って来るようになったのだ。
いくら好きでもこれはたまらない。
「いつも思うんだけど食べにくいよな、これ。」
甘いものが苦手な魅録でもこれは上品な美味さので、一切れくらいは食える。ミセス・エールが特別に作ってくれるビターショコラケーキに次いで好きだ。
だがさすがにこれだけたくさんあるとうんざりしてくる。
パイをフォークで押さえつけたら横からカスタードクリームがにょろん、とはみ出して脱力した。
「このバニラの匂いにも飽きましたね。」
実は甘いものが嫌いではない清四郎も顔が暗い。
苺をごっくんと飲み込む。
「だから~、一昨日あたりから断ってるだろ?」
悠理も喜んでいたのは初日だけ。一昨日あたりからは極力持って帰ってもらうようにしていた。
すると相手も「さすがに毎日これでは飽きますわね。」と気づいたらしい。
今度は別のケーキ攻撃がやってきたのだ。それでも懲りずにナポレオンパイも混ざってるあたり泣けてくる。
「もお、太っちゃうじゃない。」
と可憐が怒りながらナポレオンパイにかぶりついた。
「私、明日にはお茶会が控えてますの。今日はごめんあそばせ。」
と野梨子は早々に逃げ出していた。和菓子とは違う甘さとはいえ、甘いものばかり連続して食べるのはやはり辛い。
「あ、レジャンのミルフィーユがある。これ今日会う彼女が好きなんだ。もらってくね。」
美童は貢物を一箱だけ握り締めるとダッシュで逃げていった。
「野梨子と美童はうまく逃げたわね。」
フォークを握り締めて可憐がドアのほうを睨んだ。
彼女も逃げる理由を探していた。最初から部室に寄らずに帰ればよかったのだが、ナポレオンパイの甘い誘惑に抗えなかった。
結局好きなのだ。
「ダメ。俺はギブアップ。悠理。責任とって全部食えよ。全部は断ってないお前も悪い。」
立ち上がる魅録に悠理は必死で言い訳した。
「面と向かってくる子達はみんな断ったよ。ロッカーとか机に知らないうちに積んであったのは魅録だって知ってるだろ?」
「ロッカーのほうまでは知らねえけどさ。」
女子ロッカールームの中まで魅録は知らない。休み時間が終わって教室に戻った悠理の机の上がすごいことになっていたのは知っている。
どっちにしろこいつが撒いた種なんだ。
「待ってよ、魅録。あたしも帰る。」
と可憐も立ち上がった。
これ以上甘い匂いには耐えられない。
「悠理と二人でどうにかしろって言うんですか?」
清四郎が慌てたように言った。
「甘いもの嫌いじゃなかったよな。それにお前も適当なところで逃げりゃいいだろ?」
魅録が意味深な笑みを浮かべて清四郎を振り返った。
彼がまるで美童のように片目をつぶって見せたので、清四郎はぐっとつまった。
二人ともそういう魂胆ですね。
黙りこんでしまった清四郎の様子になど気づかずに悠理は二人を引きとめようとする。
「待ってよ~。捨てるのはもったいないよ~。」
大金持ちの令嬢のくせにこういう金銭感覚を持っている所は美徳であろう。成金独特の吝嗇ともまた違う。
万作・百合子夫妻の子育てはおかしなところも多いが、こういうところは普通以上にまともだ。
「タマとフクにでもやれよ。猫はクリーム好きだろ?」
「食わせすぎであいつら腹こわしてんだよ。」
「男山はクリームダメなの?」
と可憐が魅録の顔を見上げた。
「あのデブにこれ以上甘いものやれねえんだよ。虫歯になるし、糖尿病になる。」
と言いながら魅録はドアを開けた。
「あらあ、そういうところ人間と同じなのね。」
そんなことをしゃべりながら二人はちゃっかりと出て行ってしまった。
「逃げられましたね。」
清四郎が遠くを見るような目でドアを見つめている。
その手前、焦点を合わせないようにしているテーブルの上にはまだまだケーキの箱の山。
「お前は逃げるなよ。」
ちろり、と悠理が清四郎を睨んだ。
「はいはい。」
化け物並みの胃袋の持ち主、悠理はやっとの思いで本日最後のケーキをたいらげた。
勢いをつけないととても最後までたどり着けないと思った彼女は鬼のような勢いでそれを口に詰め込んだのだった。
だから、飲み込んでから気づいた。
「あ、これって清四郎が好きなケーキじゃなったっけ?」
龍宮菓子店の紅茶シフォン。ふわふわと軽い口ごたえでさっぱりした上品な味わい。意外にもたっぷりとほどこされたホワイトキュラソーが独特の重みを与えている。
にこにこと微笑みながら口当たりの良いことを言う、しかし油断すると重い精神的なボディーブローを食らわせてくる清四郎の外面そっくりだ。
「そうですね。でも気にしなくていいですよ。毎日甘いもの三昧で飽き気味でしたから。」
清四郎は立ち上がってコーヒーメーカーに残ったコーヒーを自らのカップにサーブした。
ついでに悠理のカップにも注いでやる。
「ん、あんがと。」
と悠理は少し煮詰まって濃くなったコーヒーを口に運んだ。
「あ、ちょっと待った。」
カップが唇に触れるかどうかというところで、清四郎が彼女を止めた。
「なんだ?」
悠理は斜め後ろの清四郎を見上げた。
清四郎は手に持っていたものをテーブルに置き、両手をフリーにすると、悠理の頬に片手を当てた。
「いえね。せっかくだから僕の好物を試食させてもらおうと思いまして。」
瞳を覗き込まれて悠理はちょっと頬を膨らませた。
怒ったような顔をしているが、目はそらさない。
「もうとっくに飲み込んじゃったぞ。」
そう言って彼女が尖らせた唇に、彼は自分のそれをそっと近づけた。
「いいですよ、これが一番の好物ですから。」
存分に互いの口腔内を味わい、顔が離れた。
途端に彼がぷっと吹き出したので悠理は顔を赤らめた。
「な、なんだよ。」
「すまん、悠理のことじゃない。」
と言いながら清四郎の肩が震えている。
悠理はいくら自分のことじゃないと言われても彼が笑う理由が何かわからなくては気分が悪い。
「だから、なんだよ。」
清四郎はひとしきり笑ってから一息ついた。
そして顔を上げると悠理と目が合う。彼の目があまりに優しいので悠理はどきん、と胸が高鳴った。
「まだ連中は僕が悠理に片想いしてると思ってますよ。」
「だから二人きりなのか。」
悠理は腕を組んでテーブルのほうへと向き直った。
なんだか清四郎にはめられたようで釈然としなかった。
「別に僕がたくらんだわけじゃありませんよ。気づいてない彼らが勝手に気を遣ったんです。」
清四郎はなおも面白そうに口に手を当てていた。
「ま、いいや。あたいも一番の好物を味わえたし。」
小さく呟いた彼女の声を聞きもらす清四郎ではなかった。
見下ろした彼女のうなじが赤く染まっていた。
「もっといりますか?」
「・・・今日はもういい。ちゅーよーが肝心なんだろ?」
「おや、悠理にしてはよくその言葉を覚えてましたね。」
「テスト勉強もちゅーよーが肝心てことだ。」
「ダメですよ。悠理はやりすぎぐらいで丁度いいんです。」
そしてまたも甘い“好物”を存分に与えられる悠理なのだった。
これも一つの甘い生活。
(2004.8.14)
(2004.8.20公開)
(2004.8.20公開)
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