2015/02/02 (Mon) 23:59
「おや、逃げずに来ましたね。喜多屋君。」
翌日、弓彦が指定された公園に着くと、そこには自分と似ていると散々比較された背の高い元生徒会長が待っていた。弓彦はぎゅっと自分のグレーのコートの裾を握り締めた。
「剣菱さんに見られたときから覚悟していましたから。」
きりっと眉を吊り上げて、少しばかり強張った頬をして、それでも言葉ははっきりとしゃべる。
中々に度胸のいい少年ですね、と清四郎は片眉をくいっとあげて感心した。
「用件はちゃんとわかってるようですね。」
にこにこと自分を見る余裕ありげな清四郎の様子が弓彦にはなんとも悔しい。
「誓って言います。あれは研究のために買ったもので、自分や周りの人間が使うためのものではありません。」
少年は堂々と言ってのける。
目の前の人物には中学生の頃から薬剤の研究をしていたと言う噂がある。いくら親が医者だからって本当なら違法行為なのだ。
どんなにこいつが大人ぶっても、余裕を見せていても、同じ穴の狢には変わりないのだ。
「そうですね。僕にも身に覚えがありますよ。もっとも僕は道端で買ったりはしなかったが。」
清四郎はしれっと言う。その表情はまったく変わらない。
「だったら僕に何をおっしゃりたいんですか?先輩としてのアドバイスですか?」
弓彦の喉がごくりとなる。声変わりがまだやってきていない彼の喉仏はまだあまり出張っていない。
「今日は君に見せたいものがあってね。一緒に来てください。」
と、清四郎が公園の駐車場のほうを指した。
駐車場の車の中には、運転席に金髪のほとんど白人の男。
後部座席右側にはおかっぱの日本人形のような女性。
弓彦の席は後部座席左側だった。
助手席に乗り込んだ清四郎が言った。
「じゃあ、行きましょうか。」
「よお、来たな。」
弓彦が連れてこられたのは渋谷の街角。
「あんまり長い時間止めてられませんからね。手早く頼みますよ。」
車から降りて清四郎が話しかけた相手は悠理だった。
ライダースーツに身を包んでいる。
すんなりとした肢体はまるで小柄な少年のようだ。
「じゃあ、お前は降りるなよ。喜多屋。」
と悠理がウインドウの外でウインクして見せた。
そのまま清四郎と悠理の二人は一人の男のほうへと近づいていった。
それをじっと見ている弓彦の肩をとんとん、と指でつつく者があった。振り返ると、隣の席の野梨子がイヤホンを彼の方へ差し出していた。
「これであちらの音も聞こえますわ。」
二人のうちのどちらかが服に盗聴器をつけているものらしかった。
会話が聞こえてくる。
「おにーさん、いいもん持ってるんだって?」
にこにこと近づいて行く悠理の顔が見えるようだ。
「あ?あんた新顔?」
と言いながら振り向いた男はチンピラ風。いかにもな安っぽい顔だ。
「これはあんたたちみたいな上品なお子ちゃんが買うもんじゃねえよ。」
一応“客商売”をしているせいか、やってきたちぐはぐな二人が、だが彼らとは違う空気を纏うものだと気づいたようだ。
黒いライダースーツの美少女に、ベージュのコートのオールバックの男。その気品は隠しようがない。
「でも、下品でもいかにもな青少年に売っていいものじゃありませんよ。」
冷ややかな清四郎の声。
「あ~あ、ありゃ悪魔の笑みを浮かべてるな。」
美童がハンドルに身を乗り出してため息をつく。
「そうですわね。こういうときは悠理よりも楽しそうですものね。清四郎ったら。」
野梨子も呆れ顔で彼らの後姿へと目をやる。
「なんだあ?ケチつけようっての?」
チンピラの声が裏返る。商売にケチをつけられたのがわかったらしい。
弓彦は人ごみにまぎれて他にも胡乱な男たちが彼らの様子を伺っているのに気づいた。
「あれ、加勢じゃないんですか?」
焦って車のドアを開けようとする彼を、やんわりと野梨子が止める。
「ダメですわ。私と美童では彼らに見つかったら反撃できませんもの。目立たないでくださいな。」
「でも、二人に知らせないと・・・」
「大丈夫だよ。あのチンピラたちだってこんな目立つところで一般人巻き込んで乱闘するほどバカじゃないって。それにあんなんが何人かかったって悠理と清四郎に敵うはずないんだから。」
美童が言いながらギアをチェンジする。
「あちらさんも移動するみたいだから、こっちも移動しようか。」
見ると二人が男たちに促されて路地のほうへと入っていくところだった。弓彦はたまらず車を飛び出した。
「あ、待ってくださいな。」
と止める野梨子の声も聞こえてないようだった。
「現場を見るくらいがいい勉強になるんじゃないの?彼も。」
美童は気にせず車を発進させた。
「でも危ないですわ。」
野梨子が眉をひそめた。
「まあ清四郎のことだからそこらへんも計算に入れてると思うけどね。それにほら、魅録も加勢に来た。」
と、美童はちらりと、ピンク頭の男が弓彦に続いて路地を曲がるのを目の端で捉えて言った。
路地を曲がった弓彦が見たものは、すでにほとんど倒され気絶した男たちの姿だった。
勢いでそこに飛び出しそうになった弓彦を、だがしっかりと抑えて路地に隠すものがあった。驚いて振り向いた弓彦は、それが前代未聞、ピンク頭の高等部副会長だった魅録だと知った。
チンピラの残りは3人。3人ともナイフを構えて悠理と清四郎の二人とじりじりと間合いを取っている。
「んなもんであたいたちを止められると思ってんの?」
悠理がぺろり、と口の端を舐めながら言う。その目はまさしく獲物を見据える山猫の瞳だ。
清四郎のほうも悠理と背中合わせに立って構えの姿勢をとっている。
隙を見つけられないのか男たちは攻めあぐねているようだった。
「来ないの?こっちから行くよ?」
と言う、悠理の声は静かだった。
すうっと彼女が移動する。男は反撃する暇もなくナイフを叩き落され、地面にのめりこんでいた。回し蹴りが入ったのだ。
逆にそれをチャンスと見たのか男の一人がそこを狙って彼女に飛び掛る。だが悠理はすばやく身を屈めると、男の腹部にボディーブローを叩き込んだ。
しかし敵も去るもの、ひっかくもの。倒れながらも腕を振り回し、彼女の髪を掴んだのだ。
「いでっ。」
とバランスを崩した彼女は、ついでにすでにのした男に躓いて尻餅をつくことになった。
これ幸いと残る一人の男が彼女へと飛びかかろうとするがそれを許す清四郎ではない。自分が殴られたという自覚もないうちに、清四郎の掌底を喰らって気絶していたのだった。
しかし悠理の髪を掴んだ男はまだ気絶していなかった。
「悠理!」
転んだところに再度ナイフを振りかざした男から悠理は体を捻って蹴りを入れつつ避けようとした。だが、彼女の足が届く前に代わりに響いたのは男の悲鳴だった。
「うぎゃあ!」
右手首にナイフが深々と刺さっていた。清四郎が気絶した男のナイフを投げたのだった。
「すいませんね。いつもなら飛び道具は使わずに気絶していただくんですが・・・」
と手首を押さえて唸る男の項に手刀を叩き込んで完全に気絶させた。
「あたいが転んだせいかよ。」
悠理がぶすくれて立ち上がる。
「まったく、心配させないでくださいよ。そこの彼もひやひやしてましたよ。」
と、涼しく言う清四郎の声につられて悠理が振り返った。そこには魅録と、弓彦がいた。
思いっきり目が合って、弓彦はどきん、とした。
そして自分が、二人が格闘する様子に見蕩れていたことに気づいた。
そのとき、急に電子音で「北国の宿」が流れ出した。
「なんだ?」
「彼らの誰かの着メロじゃありませんか?」
無視して去ろうとしたが、ずっとそれは鳴り続ける。
悠理はなぜだか無性に嫌な予感がして男の一人の懐を探った。
「どうしました?悠理?」
だが、悠理は唇に人差し指を当てると、無言でその携帯の通話ボタンを押した。
『コージさんですか?なんか変な奴らがあんたたちを探ってるっぽくて・・・。』
かすかにかすれた、男の声が聞こえる。これはあの売人の中学生か?
可憐がこのチンピラの居場所を探り出しにこいつの仲間に近づいて、情報を聞きだした後は野梨子の家に戻って皆を待ってるはずだった。
その時、電話の向こうから信じがたい声が聞こえてきた。
『ちょっと!離しなさいよ!』
『俺のダチが思わずオンナをさらっちまったんですよ。どうしましょう?こいつらに手え出したらやばい・・・』
なんとも情けない声で続ける。予定外の行動に動揺しているのだろう。
「おいてめえ、可憐に手え出したらぶっ殺すぞ。」
悠理が受話器に向かってドスをきかせる。清四郎と魅録の顔もこわばった。
『え?あんた・・・?』
焦ったような声が聞こえたかと思うと電話は切れた。
「おい、可憐がどうしたって?!」
「悠理、可憐がさらわれたんですか?」
「あのガキども!」
悠理はすでに切れた携帯を地面にたたきつけた。哀れチンピラ男の携帯は、蝶番のところでぽっきり折れて壊れてしまった。
「畜生!すぐガキの溜まり場に行くぞ!」
魅録は悠理を伴うと、バイクが置いてある路地のほうへと駆けだした。
清四郎は一瞬その後姿を見送ってから、弓彦に車のほうへ戻ろうと促した。
「すぐ近くまで来てくれてるはずです。」
弓彦が遅れて美童の車でそこにたどり着いたときには、すべて済んでいた。
空き家に勝手に入り込んで溜まり場にしていた中学生たちはすでにのされていた。
「これはまた、素早いですね。」
清四郎が眉を上げて言う。
「止める暇もなく一人で片付けちまうんだもん、魅録のやつ。」
「いいだろ。お前はチンピラ相手に暴れた後だろ。」
「一人くらいあたいに残しとけ!」
悠理の横では可憐が呆れたように苦笑している。
「あたしがあんたたちと仲間だって知ってびびってたお子ちゃんたちよ。かわいそうに。」
有閑倶楽部のことをよく知らなかったバカが可憐をここに連れてきただけで、彼らは扱いに困っていたところだったのだ。
こうなることはわかりきっていたのだから。
「ま、どうせお仕置きはするつもりでしたからね。これで彼らもこりるでしょう。」
その時、少年たちの一人が「う」とうめいて正気に戻ったようだった。
清四郎がその少年の前にしゃがみこみ、にっこりとその顔を覗き込む。少年は焦点が合ったとたんに「ひっ」と悲鳴を上げた。
「とりあえずこれにこりたら、小学生に危ないものを売るんじゃありませんよ。」
その微笑に少し頬を赤らめながらも、少年はこくこくと頷いた。声も出せない様子だった。
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