2015/02/02 (Mon) 23:26
「ちぇえ、試験勉強なんて最悪。」
テーブルにあごを乗せていかにもぶーたれてます、という風情で悠理が言う。
「くさるな。もう定期試験の回数なんてたかが知れてる。」
と魅録。
「悠理なんか受験がないだけ私たちより一回試験が少ないのよ。」
と可憐。
今日は二学期に行われる最後の定期試験(中間試験と期末試験をかねている)の試験勉強のため、野梨子の家で勉強会であった。
悠理とて聖プレジデント大学の受験がまったくないわけではない。それではまったくの裏口入学だ。
それに近いものがあるとはいえ、体育学科を受験するのだ。筆記試験も申し訳程度にあるが、ほとんどスポーツの実技で決まる。
これという専門の競技こそないが、悠理の入学に門戸を開かない体育大学はまずないだろう。
「まあまあ、とりあえずは目の前の試験勉強に集中しましょう。」
と、これは聖プレジデント大学ではなく他大学の医学部受験を決意した清四郎の言葉である。
一時、医大への進学はやめてこの連中との腐れ縁を選ぶと微笑んだ清四郎がまたも進路を変更したことに、皆は寂しがりこそすれ反対はしなかった。
魅録だけは少し不満そうな顔だったが、親友の決めたことだし、と応援することにした。
彼は、というと、防衛大学に願書を提出することを逡巡していたが、そろそろ目の前に締切日が迫ってきていた。防衛大の試験は11月の初めである。
防衛大に行くことも楽しそうだ。しかし聖プレジデントで理学部に進んでもいいし、他大学で理工学を専攻するのもいい。
こんな時期にまだ悩んでいるとは情けないが、清四郎がきっぱりと進路変更をしたと聞いても選ぶことができない。
魅録の成績であれば彼の専門分野の学科ならどこでも受験すれば受かるだろうのでその点に関して誰も心配していない。
野梨子は聖プレジデント大の文学部比較文化研究学科。もちろん将来は白鹿流を継ぐ。
可憐は同じ文学部の国際交流学科。卸のほうは国際取引が主である家業の宝石商を継ぐか、もしくは一緒にビジネスをしてくれるパートナーを見つけるためである。
美童は聖プレジデント大の法学部。卒業後かもしくは在学中にヨーロッパのいずれかの国に留学して母国の外交官試験を受けるのだという。
体育学科を卒業した後の悠理の進路はいかがなものだろう?
何か一つ気に入ったスポーツを見つけてプロになることもできるだろう。彼女は充分それだけの身体能力を持っている。
もしくは剣菱が抱える会員制のスポーツクラブのインストラクターをしてもよいだろう。(経営はさすがに無理だ。)
清四郎は少なくとも姉がいる限りは絶対に菊正宗病院を継がなくてはならないというものでもないし、とりあえず医師免許は医学部を卒業しなければ取れないので医学部に入るというだけである。
医師免許があったほうができることがやはり増える。趣味の薬の調合などは薬事法違反の違法行為なのだ。(ちなみに作るだけで誰にも飲ませなかったら違法ではない。)
麻薬の取り扱いも医師免許を取ればそのまま勤務先都道府県の麻薬免許証(一応医師免許とは別の資格ではある)が申請される。
「さ。今日はここらへんでお開きにしましょうか。」
時計の針が9時を指し、皆の顔に疲労の色が浮かぶのを見越して清四郎が言った。
「ただし、悠理はずっと居眠りしてたから疲れはないはずです。うちで補習です。」
と続けた彼に悠理はがくっとテーブルに額をぶつけた。
清四郎には別に他意があったわけではなかろう。
悠理はそう信じたかった。
自分が皆に呆れられながら眠りこけていたのは事実だ。
「いやだよ~。もう頭いっぱいだよお。」
「食い物ならいくらでも腹に入るくせに。」
と清四郎は嫌味を忘れない。
「でも清四郎も疲れてるんじゃありません?」
と野梨子の助け舟が悠理にはありがたい。
「大丈夫ですよ。悠理には僕が寝てる間に解いてもらう課題をたっぷりプレゼントしますから。」
それは二人きりで清四郎の寝顔を見ながら問題を解けということか。
いや、見つめられながら解くよりははるかにましなんだけど。
悠理はここ一ヶ月でお友達になってしまった動悸とまたも向き合う羽目になったのだった。
冷静になれば、さすがに悠理に課題を与えた後は清四郎は別室で眠るだろうと考え付いたのだろうが。
そして反論できる理由もなく、悠理は清四郎の部屋で床に置かれたテーブルに向かっていた。
「本当にお前は勉強というものにむいた脳みその構造をしてないんだな。」
「言い方を変えてあたいをバカにしてるのはわかるじょ。」
恨めしそうに清四郎の顔を見上げる悠理。
他の連中とともに仲良くつるむようになった中学3年のとき以来、何百回何千回と「バカ」と言われつづけているのだ。少し言い方を変えたくらいで気づかない悠理ではない。
「そうですか。それくらいの日本語力はあったようですね。安心しましたよ。」
「わからいでか!」
ぶちぶちと文句を言う悠理に清四郎は英語のテキストを指し示して見せた。それは今回の試験範囲の最後の文章だった。
「はい、じゃあこれを読んでみなさい。それくらいできるでしょう?」
「え~、はずいじゃん。」
「悠理にも羞恥心というものがありましたか。でも英語は日本語と同じでそれを母国語としている人が普通にしゃべってる言葉ですよ。」
涼しげにいう清四郎のセリフに、だが悠理は恥ずかしがる理由があった。
いくら英単語をろくに知らない悠理でもわかるセリフがその文章には含まれていたのだ。
「じゃー・・・あんどひーせっど。」
と実に自信なさそうな声で読み始めた悠理の声に清四郎は聞き耳を立てる。
カタカナ読みを通り越してひらがな読みなのはご愛嬌というものだ。
しかし問題のセリフの部分になったとたんに悠理の口調が変わった。
「Without you, I couldn't live. Please, stay by my side, forever.(あなたなしでは私は生きて行くことは出来ないでしょう。お願いだからずっと傍にいてください。)」
仮定法を申し訳程度に使った臭いセリフ。
とはいえ、悠理の口から詩でも朗読するかのように流れ出るとはさすがの清四郎も度肝を抜かれてしまった。
言った後で悠理は頭から湯気でも出しそうな勢いで赤面している。
「こ、これだけ知ってるんだ。こないだ聞いたCDに入ってた曲の歌詞と一緒だから。」
となぜだか朗読は中途半端に中止して弁解を始める。つまりは意味もわかってるぞ、と。
「珍しいですね、悠理が歌詞の意味を把握してるなんて。」
「綺麗な曲だったから・・・」
それにこの歌詞の意味が今の自分の心をこんなに捉えてしまったから。
1ヶ月と少し前の自分ならこの歌詞の意味を知ったところで「うわ、臭い。」くらいにしか思わなかっただろう。
でも今は。今の自分は。
女性ボーカルの切ない歌声に泣きたくなる自分は。
PR
Comment
カテゴリー
最新記事
(08/22)
(08/22)
(03/23)
(03/23)
(03/23)
メールフォーム