2015/02/19 (Thu) 23:52
かちり、と鍵が閉められる。
ベッドに腰掛けて待つ彼女の前に、男は跪いた。
これから始まる行為への、儀式。
「今日はよく頑張りましたね。ご褒美をはずみますよ。」
「あたいも、あとでじっくりお礼してやるよ。」
男は、四つんばいの姿勢で、彼女の爪先に唇を寄せた。
きっかけは些細なことだった。
高校生活最初の秋だった。9月の生徒会役員選挙で、見事に1年生6人がその座を乗っ取った。
会長・菊正宗清四郎、書記・黄桜可憐、経理・美童グランマニエ、体育部部長・剣菱悠理。
この4人には皆あっさりと納得した。
皆が度肝を抜かれたのは、副会長に高等部から入学で、目にも鮮やかな桃色に髪を染めた松竹梅魅録が立ったことである。
それこそ幼稚舎の頃から聖プレジデントにいるような生粋の坊ちゃん嬢ちゃんたちは、文化部部長に落ち着いた白鹿野梨子がその座に座るものと思っていたのである。
しかし、一月もたたないうちに、学園中が納得した。
これでこそこの6人の絶妙なバランスが取れているのだと。
ある秋の日の放課後、清四郎が生徒会室のドアを開けると、窓辺に悠理が一人で佇んでいた。
「一人ですか?悠理。」
鞄を机の上に置きながら訊ねる。
「野梨子と可憐は二人で買い物だそうですけど。一緒しなかったんですか?」
「ん、別にあたいは興味なかったし。」
何を二人は買いに行ってるのやら、と清四郎は肩をすくめた。
「で?魅録と美童は?」
「魅録はおふくろさん迎えに成田に行った。」
悠理は窓の外を見たままで顔をこっちに向けようとはしなかった。
大方遊び仲間の彼が不在なのがつまらないのだろうが、と清四郎は思った。どうやら魅録の家庭というのもそうとう複雑そうだと聞く。
「そうですか。」
とだけ応えておいた。
「美童なら、そこにいる。」
「え?」
と清四郎は悠理の背後から、彼女が指差した先を見た。
生徒会室の窓からは、敷地内裏手にある雑木林が見える。話題の人物はそこにいた。ただし一人ではない。
「こっから丸見えだって気づいてないのかねー。あのアホは。」
悠理が呆れたように言う。
「珍しいですね。」
清四郎がじっと悠理の顔を覗き込むので、
「何が?」
と悠理も彼の顔を見返した。
別に美童が女といちゃついてるのは珍しいことじゃない。
そしてその手のことに興味がない悠理がそういう美童に呆れたような物言いをするのも。
「だっていつもの悠理だったらじっと逢引を見てたりしないじゃないですか。」
いつもの彼女なら「勝手にやってろ。」と目をそらすはずだ。
どういう心境の変化だか。
「別に。あたいもお前が来た時くらいに気づいただけだよ。」
それにしては静かに見てたじゃないですか、と清四郎は思ったが口に出さなかった。
それにあの表情は、憂いに近い顔だった。
まだ幼さが勝る幼馴染の女友達。
幼稚舎の頃から彼は彼女の凛とした顔しか知らない。
この1年ほど仲良くなってからは確かにそれだけじゃない、くるくると変わる表情を知ったが、それでもさっきのような顔は見たことがなかった。
「美童に恋してるなんてことありませんよね。」
ぽつり、と呟いた言葉に、悠理の顔が見る間に歪んだ。
「ああ?!気色悪いこと言うな!あんな軟弱男!」
「ですよね。」
清四郎は悠理が美童のような種類の男を、友人としてはともかく男としては嫌いぬいていることを知っていた。
だから、彼もそれはないと思っていた。
そうじゃないとすると・・・
「ただ・・・さ・・・」
「なんですか?」
「ああいうことすんのって本当に気持ちいいのか?」
首をかしげて自分を振り返る少女に、清四郎は息が詰まった。
無垢なその好奇心に、胸をえぐられるような痛みを覚えた。
「興味があるんですか?」
その声は掠れていただろうか?あとでどれだけ思い出そうとしても清四郎は思い出せなかった。
ただ、それを聞いて見る間に真っ赤に頬を染める、悠理の顔だけが印象的だった。
「べつに・・・そういうわけじゃないけど・・・」
窓のほうへと体を向けて顔を俯かせる彼女の背中にほとんど触れそうな距離で、彼は立っていた。
辛うじて触れていないはずなのに、熱を感じる。
じんわり、と、その熱が学ランごしに彼の体にしみわたる。
「てか想像するだけで気持ち悪い。」
そう言った彼女の顔はガラスの中でさっきまでとは逆に青ざめていた。
「いずれ恋でもすれば平気になるんじゃないですか?」
少しく投げやり気味に言う。
この熱を、彼女は感じていないのか?
「しなくちゃダメかな?」
「さあ?焦らなくてもその時になればわかると思いますけど。いま考えたって仕方ないでしょ?」
「ん。それはそうなんだけど・・・」
ゆらゆらと彼女の瞳が揺らぐ。
そこに揺らめくのは、いつかやってくるその日への、恐怖。嫌悪。
なんと彼女は稚ないのか。
これだけの距離に男がいるということの意味を知らずに、そんな言葉を口に載せるのか。
それを思い知らされるとは、思いもしないのか。
ああ。それだけ仲間として気を許してくれたということか。
その、無防備なまでの信頼に、少し意趣返しをしたくなったのはなぜだろう?
その、果てしないほどの無防備さに、いらついたのはなぜだろう?
「じゃあ、本当に嫌なものかどうか、試してみますか?」
「試す?」
無邪気なまでの表情で首をかしげる彼女の、体を腕で包み込んだ。
それが、始まりだった。
意外なほど呆気なく、彼女は彼とのその関係に堕ちた。
もっと抵抗されることを覚悟していた彼は、カーテンを締め切り、ドアに鍵もかけた生徒会室で、ほとんど抵抗らしい抵抗も受けずに、彼女の肌を貪った。
まだ薄い茂みにしか覆われていない欲望の巣を丹念に舌で愛撫され、一瞬気を飛ばした彼女に彼は言った。
「どうですか?気持ちよかったですか?」
彼女が何も言わずとも、彼の唇を濡らしていた、彼女の蜜が、その明瞭な答えだった。
ほんの時折、こうして二人の時を過ごす。
試験勉強のノルマをこなしたご褒美に。そしてその家庭教師へのお礼に。
だけど、理由なんてないときが大半だった。
ただ、その気になったから、互いの肌を貪る。
ただ、それだけ。
清四郎が丹念に悠理の足の指にキスをする。
その間に腕は伸ばされ、少し腰を浮かした彼女のストッキングを一気に取り去る。
そしてその唇が素肌が曝された足の甲から足首へ。下腿から大腿へ。
片方の大腿の半ばまで到達すると、次は反対の足首へ。
彼の指はその間も逆の脚への刺激をやめない。
彼の頭が上がってくるに連れ、彼女の鼓動も早くなる。
彼女の息も荒くなる。
「は・・・あ・・・」
彼の手がショーツの上から彼女の下腹部を撫でる。
きゅっと胎内が絞られるような感触が悠理を襲う。
背後について体を支えていた腕を前に持って来る。彼の髪に指を埋めるために。
少し乱れて落ちた彼の前髪をそっと梳いてから、その髪を指に絡める。
ああ、融ける。融けてしまう。
いつの間にかショーツはずらされ、欲望の巣が外界に曝されていた。
彼の唇が寄せられる。
「・・・っく!」
湧き上がるものに耐える。
腰を抱く彼の指先の動きに翻弄される。
そして、その芽を彼の舌が捉えた。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」
爪先までしびれるような感覚に貫かれ、彼の髪をくしゃりと掴んだ。
間断なく与えられる刺激は彼女の神経から全身を侵食して行く。
細胞の一つ一つまでその刺激に支配される。
全身が、融ける。
「清四郎・・・!」
彼女が一度だけ、名前を呼んだ。
彼の体を、しびれが貫いた。
たまらずベッドに仰向けに倒れこんだ彼女の傍らに寝そべり、清四郎は彼女の頭をなぜた。
まだ彼女の胸は大きく上下している。
「今日は、いつもよりしつこかったのな。」
顔を腕で覆ったまま批難するように呟く悠理に、清四郎は苦笑した。
「しつこかった、はないでしょ。こんなにサービスしてあげたのに。」
「なんかずりいよな。男は出しちゃったら終わりだって合図になるのに女にはそれがないって。」
「・・・それはそれでこちらも気恥ずかしいものがあるんですけどね。」
清四郎がちょっと顔を赤らめてそらしたのを悠理は横目で見た。そしてにんまり笑った。
「ふーん。じゃあ、そろそろお礼してやらなくちゃな。」
「・・・お手柔らかに願いますよ。」
彼の眉根が寄せられていて、彼女は笑った。
あの日、最初に仕掛けたのは清四郎のほうだったはず。
だが、あれから数ヶ月もたたないうちに、悠理からの返礼も二人の習慣になっていた。
「あ、ゆうり・・・・」
彼は先ほどの彼女と同じように、彼女の髪をくしゃり、と掴んだ。
いつもより丁寧なその愛撫に、いつもより早く気をやってしまった。
彼女がこくり、と白濁した粘質の液体を飲み込んだ。
「にが・・・」
と顔をしかめている。
「だから・・・コンドームつけましょうかって・・・言ってるでしょ・・・?」
切れた息もそのままに、彼は彼女に言う。
だが彼女はいつも耳を貸さない。
「いい。ゴムを舐める味気なさよりマシだから。」
その彼女の瞳の中に、彼は何かを探している自分に気づき、目をそらした。
このところ、そうして彼の方から目をそらすのが習慣になっていた。
初めて肌を合わせたあの日から、二人の間には一つの不文律が出来ていた。
コンドームがいらない関係。
彼は彼自身だけではなく、その指ですら、決して彼女の胎内には侵入させようとはしなかった。
彼女も、それを彼にねだることは決してしなかった。
ただ、肌を貪る。
体中くまなく、肌だけを貪る。
それが16歳の二人の関係だった。
何の約束もなく。
甘やかな言葉も何一つなく。
ただ肌を与え合うだけの即物的な関係。
それ以上を彼女は欲しがらなかったし。
それ以上を彼も与えることはしなかった。
それ以上を彼女は何も与えることはなく。
それ以上を彼も求めることはなかった。
他の誰も気づくことない、ひそやかな関係。
なぜ彼女の感情を探そうとするのか、いや、探そうとしていることすら自覚しないまま、彼はその関係に溺れていた。
彼女の肌に、意識を絡めとられていた。
いつまで続くのか、いつ終えるのか。
そんなこと、どうでもよかった。
いつでも終えられる関係だと、思っていたかった。
そこにある感情から二人が目をそらしたまま、高校生活最初の年は終わろうとしていた。
仲間と笑いあい、ふざけあい、助け合い。
からかい、バカにされ、他愛ない言葉をやりあい。
食って、暴れて、よく眠り。
最後の子供の時を、過ごした。
そんなある年の、二人。
(2004.10.3)
(2004.10.22公開)
(2004.10.22公開)
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