2015/02/05 (Thu) 21:57
「それで?どういうことなのかしらあ?悠理。」
悠理の部屋に入るなり、ずいっと可憐が悠理に迫る。
しかし悠理は予想済みだったのかすっと身を引いて左手をひらひらと見せる。
「こういうこと。」
「あら、水臭いですわよ?」
と、野梨子が悠理のその左手を両手でがしっと握って彼女にずいっと迫る。さすがに悠理もたじっとなった。
「話してくださるのでしょ?謝恩会も終わりましたし。」
その言葉で、悠理は野梨子までが魅録を問い詰めていたことを知った。
謝恩会の後は剣菱邸にて倶楽部の皆で二次会。
悠理の指輪の件で剣菱万作を問い詰めると豪語していた松竹梅時宗は、今頃万作の居間で祝い酒で管を巻いているのだろう。
「そんなに迫られちゃ悠理も話しにくいんじゃない?」
美童が苦笑して、離れたところから助け舟を出してやる。
「1日問い詰められまくってたもんなあ。」
と続ける魅録自身も、今日一日様々な人間に呼び止められた。だがそのことに対して彼は文句は言わない。
清四郎は何も言わずに全員分のグラスに酒を作ってやっている。
「何よ、あんたたちは知ってるっての?」
可憐がそんな男性陣をじろりと睨んだ。何てことだ、女友達であるあたしたちよりも男友達のほうが知ってるだなんて。
「まあ、何となくね。」
と美童は可憐の視線を避けるように胸の前に掌を出してみせる。
「俺は不可抗力で知っただけだよ。」
魅録は清四郎からグラスを渡されながらけろりと言う。
「で?清四郎は黙ってますけど、清四郎も知ってましたの?」
恐る恐るといった体で野梨子は清四郎に訊ねる。いつもなら真っ先に悠理をからかって楽しむはずの彼が今日はおとなしかったのだ。知っていたと考えるのが道理だろう。
「もちろん知ってましたよ。悠理より先にね。」
「は?」
野梨子は思わず可憐と顔を見合わせた。
悠理より先に・・・何を知ってたって?
「だからあの指輪、僕からのプレゼントなんです。」
部屋の空気が一瞬凍りついた。
魅録と美童は静かに指で己の耳に栓をした。
「「なんですってええええ?!清四郎!?」」
何も気づいてなかった二人はぽかんと口を開けて放心してしまった。しばらくフリーズする。
「か、かれーん?のりこお?大丈夫かあ?」
悠理が二人の目の前で野梨子に握られていないほうの右手をひらひらと振った。
可憐が悠理の顔を見上げる。まだ口を開けている。
「い、いつから?」
やっとの想いで掠れた声が出てきた。
「付き合いだしたのは11月くらい・・・だったっけ?」
「そうですね。忘れないでくださいよ。」
いつの間にやら清四郎は床に座り込んでいる女性陣のそばにしゃがんでいた。もちろんその位置は悠理のすぐ斜め後ろ。
「怒りますか?野梨子。」
清四郎は悠理の左手をなおもしっかりと握り締めている幼馴染の少女のほうを心配そうに見つめた。
「お、怒りますわよ・・・なぜ内緒にしてましたの?」
その言葉の内容とは裏腹に彼女の声は震えている。大事な幼馴染と親友とが自分たちに秘密を持っていたのだから。
泣きそうな顔をしている黒髪の少女の手を、悠理は慌ててつかまれてないほうの手でしっかり包み込んだ。
「ごめん。変に気い使われたくなかったんだ。本当にごめん。」
悠理は苦笑しながら謝る。そして可憐のほうへもゆっくりと目を向けた。
「可憐も、ごめんな。おばちゃんにもお礼言っといてくれよ。」
「それは・・・まあ・・・。」
悠理にじっと見つめられて可憐は気づく。そうか、悠理たちも自分と同じことで悩んだのかもしれない、と。
6人の時間が愛しくて大事で、限られた時間だからこそなお一層愛しくて。
「卒業までは、てことね。」
ため息と共にそうこぼした可憐に悠理は、
「お前も、だろ?」
と訊ねた。
卒業までは明かさない。
卒業までは友人の座を捨てない。
今日この日までは変わらぬ関係のままで。
可憐はふっと息をつくと、穏やかな笑みを浮かべた。
「よし。あんたたちが付き合ってるってことはわかった。で?11月からってどっちから告ったわけ?清四郎から?」
ずいっと彼女は野梨子の脇から身を乗り出す。悠理の顔の血色が増した。
「そ、その、最初はあたいから、です。」
野梨子から解放された手を横座りした己の膝の上に置いてもじもじと言う。
「まあ!悠理からですの?」
と、野梨子は己の手を口に当てた。そして目の前の幼馴染二人の顔を交互に見る。
「そん時の清四郎の顔は見てみたかったよなあ。」
「じゃあ魅録の言う“不可抗力”ってなんだったのさ。」
美童が訊ねた。
「その付き合い始めの現場に踏み込んじまっただけだよ。悠理探しに行ったら、清四郎が悠理を後ろから抱っこしてたんだぜ?」
「まさか校内でなの?」
可憐が少し眉をしかめる。
信じられない。この表の顔は四角四面の清四郎が?
「はいはい。われながら大胆だったと思いますよ。」
清四郎がやれやれと言った感じで肩をすくめた。
「清四郎が照れてるよ。」
「珍しいですわ。」
「マジであん時は俺、どうしようかと思ったもんな。」
口々に仲間たちが言い、悠理は真っ赤になって俯いてしまった。仲間たちに知られるのはかなり照れる。
「報告といえば可憐たちも報告することがあるんじゃない?」
唐突に美童が口端を上げた。その視線は女性陣ではなく、魅録の方を向いていた。
いきなり話を振られて魅録は己の髪よりなお赤く頬を染めた。
「お、お前も見てたのかよ!」
そのやりとりを耳にして、清四郎はおやおや、という風に眉を上げる。
「昨日二人がデートに出かけるところを見ましたの。直後に美童に偶然会ったので教えましたのよ。」
野梨子が悠理にこっそり教えてやった。悠理はまじまじと野梨子の後ろにいる可憐を見つめた。
「な、なによ。あたしたちはまだ付き合ってないわよ!」
可憐も魅録と同じく頬を熱くしている。
「まだってことは付き合うってことだね。」
美童がにやにやとしたまま合いの手を入れる。
「あ、明日からね。」
ぷいっとそっぽを向いてしまった可憐に、彼女自身と魅録を除いた4人は吹きだした。
「り、律儀ー。」
「ですな。」
「お前らおもしれえよ。」
「でも二人らしいですわ。」
「で?悠理たちは結婚の日取りとか決まってんのか?」
ぽろっと魅録が訊くものだから、悠理はびっくり飛び上がって彼のほうへと振り返った。
「ま、まままま、まだだよ!」
「そうですね。親に報告したのも昨日の今日ですし、そこまではまだ決まってません。」
「あのおじさんとおばさんだったらあっという間に決めちゃいそうだよねえ。」
美童がしみじみ言うと、清四郎が肩をすくめた。
「まだ正式なプロポーズもしてませんし、その時はこちらが主導権を握らせてもらいますよ。」
「え?ちょっと待ってくださいな。それって婚約指輪じゃありませんの?」
野梨子が首をかしげる。今の今までそういうつもりで会話に参加していたのだが。
「ステディリングだよねえ。」
「清四郎がエンゲージリングを買うならもう2ランクは上のを買うでしょう。」
と、美童と可憐がすかさず返した。
魅録と野梨子はそういうものなのか、と顔を見合わせた。
「まあなんとなれば未成年ですし、まだ当分は学生でいるんですから、もう少し先の話ですよ。」
「かあちゃんが成人式用に振袖特注してるしな。」
清四郎と悠理はそう言って、互いに微笑みあった。
少しばかりはにかんだような二人の表情に、仲間たちも納得した。
悠理が受験勉強を頑張り、剣菱を継ぐために頑張っているのは恋のせいだった。
清四郎が穏やかに微笑むようになり、大人ぶっていた力みが消えたのは恋のせいだった。
二人が大人になったのは、恋のせいだった。
以前の壊れた婚約騒動のときとは違う。二人は互いに恋をしている。
それならば野梨子にだとて怒る理由はあるまい。
「ごちそうさまって感じだね。」
「ですわね。そして可憐と魅録にも、ですわよ。」
美童と野梨子がそう言って顔を見合わせたものだから、魅録と可憐も横目で視線を交し合って頬を赤らめた。
今日は卒業式。
魅録と清四郎は聖プレジデントから離れて行く。
そして二組のカップルが誕生した有閑倶楽部の関係も少しずつ変わって行くのだろう。
だが───
「とりあえず聖プレジデント大学に倶楽部の部室は確保しとけよ、お前ら。」
魅録が己のグラスを口に運びながら美童を指差す。
「なに?やっぱり出入りするの?せっかく野梨子と二人で過ごす時間が増えてチャンスだと思ってたのに。」
美童がさらりと言う。
「何のチャンスですの?美童。」
野梨子が眉根を寄せてぼそっと咎める。
「いくらなんでも野梨子を落とそうなんて無謀じゃない?美童。」
「だよなあ。あたいらみんな美童の本性知ってるしさ。」
「それは言えてますね。」
たたみかける3人に野梨子は黙ってグラスを口に運び、魅録はくっくっと肩を震わせて笑い、美童は憮然と口を尖らせた。
「本性ってなんだよ、本性って。」
「救いようのないナルシストで面食いでスケコマシ。」
間髪いれずに可憐が言うので、美童はがっくりと項垂れた。
「そこまで言わなくても・・・」
「ホントのことだよな。」
「とどめをさすな、悠理。」
魅録が苦笑しながらよしよしと美童の背中をさすってやった。
野梨子はそんな光景に思わず目を細めた。
倶楽部の皆の関係が変わっても、こんな風に6人で集まればやっぱり変わらぬ光景が展開されるのだろう。
多少の不安がないではないし何の約束があるわけでもないが、なんとなくそんな風に思えた。
「あの夢はやっぱり正夢になりそうですわね。」
「夢って?」
いつの間にやら口に出していたらしい。悠理に問い返されて気づいた。
「前に言ってた遠い将来の話、ですか?」
清四郎が訊ねる。悠理がちょっと眉をしかめる。二人だけでわかってるのが面白くない。
野梨子は悠理のそんな様子にも気づかずに、にっこりと微笑んだ。
「ええ。みんながおじいちゃんとおばあちゃんになっても、やっぱり6人でにっこり笑ってお茶を飲んでましたの。」
「へえ、気が長い話だな。」
と、魅録が言う。
「それまで腐れ縁は続いてるってことですよね。」
清四郎もぽんぽんと悠理の頭を叩くように撫でながら言う。だから悠理の顔も綻んだ。
「よし!じゃあその夢を現実にするためにも、僕と結婚しよう!野梨子!」
「なんでいきなりそこへ行くのよ!」
と可憐がぽこんと美童の後頭部にツッコミを入れた。
きっとそれは遠い将来の現実。
明日から新しい自分たち。
それでも変わらない何かを信じているからこそ、新しい明日へ踏み出せる。
「卒業おめでとう。」
悠理の部屋に入るなり、ずいっと可憐が悠理に迫る。
しかし悠理は予想済みだったのかすっと身を引いて左手をひらひらと見せる。
「こういうこと。」
「あら、水臭いですわよ?」
と、野梨子が悠理のその左手を両手でがしっと握って彼女にずいっと迫る。さすがに悠理もたじっとなった。
「話してくださるのでしょ?謝恩会も終わりましたし。」
その言葉で、悠理は野梨子までが魅録を問い詰めていたことを知った。
謝恩会の後は剣菱邸にて倶楽部の皆で二次会。
悠理の指輪の件で剣菱万作を問い詰めると豪語していた松竹梅時宗は、今頃万作の居間で祝い酒で管を巻いているのだろう。
「そんなに迫られちゃ悠理も話しにくいんじゃない?」
美童が苦笑して、離れたところから助け舟を出してやる。
「1日問い詰められまくってたもんなあ。」
と続ける魅録自身も、今日一日様々な人間に呼び止められた。だがそのことに対して彼は文句は言わない。
清四郎は何も言わずに全員分のグラスに酒を作ってやっている。
「何よ、あんたたちは知ってるっての?」
可憐がそんな男性陣をじろりと睨んだ。何てことだ、女友達であるあたしたちよりも男友達のほうが知ってるだなんて。
「まあ、何となくね。」
と美童は可憐の視線を避けるように胸の前に掌を出してみせる。
「俺は不可抗力で知っただけだよ。」
魅録は清四郎からグラスを渡されながらけろりと言う。
「で?清四郎は黙ってますけど、清四郎も知ってましたの?」
恐る恐るといった体で野梨子は清四郎に訊ねる。いつもなら真っ先に悠理をからかって楽しむはずの彼が今日はおとなしかったのだ。知っていたと考えるのが道理だろう。
「もちろん知ってましたよ。悠理より先にね。」
「は?」
野梨子は思わず可憐と顔を見合わせた。
悠理より先に・・・何を知ってたって?
「だからあの指輪、僕からのプレゼントなんです。」
部屋の空気が一瞬凍りついた。
魅録と美童は静かに指で己の耳に栓をした。
「「なんですってええええ?!清四郎!?」」
何も気づいてなかった二人はぽかんと口を開けて放心してしまった。しばらくフリーズする。
「か、かれーん?のりこお?大丈夫かあ?」
悠理が二人の目の前で野梨子に握られていないほうの右手をひらひらと振った。
可憐が悠理の顔を見上げる。まだ口を開けている。
「い、いつから?」
やっとの想いで掠れた声が出てきた。
「付き合いだしたのは11月くらい・・・だったっけ?」
「そうですね。忘れないでくださいよ。」
いつの間にやら清四郎は床に座り込んでいる女性陣のそばにしゃがんでいた。もちろんその位置は悠理のすぐ斜め後ろ。
「怒りますか?野梨子。」
清四郎は悠理の左手をなおもしっかりと握り締めている幼馴染の少女のほうを心配そうに見つめた。
「お、怒りますわよ・・・なぜ内緒にしてましたの?」
その言葉の内容とは裏腹に彼女の声は震えている。大事な幼馴染と親友とが自分たちに秘密を持っていたのだから。
泣きそうな顔をしている黒髪の少女の手を、悠理は慌ててつかまれてないほうの手でしっかり包み込んだ。
「ごめん。変に気い使われたくなかったんだ。本当にごめん。」
悠理は苦笑しながら謝る。そして可憐のほうへもゆっくりと目を向けた。
「可憐も、ごめんな。おばちゃんにもお礼言っといてくれよ。」
「それは・・・まあ・・・。」
悠理にじっと見つめられて可憐は気づく。そうか、悠理たちも自分と同じことで悩んだのかもしれない、と。
6人の時間が愛しくて大事で、限られた時間だからこそなお一層愛しくて。
「卒業までは、てことね。」
ため息と共にそうこぼした可憐に悠理は、
「お前も、だろ?」
と訊ねた。
卒業までは明かさない。
卒業までは友人の座を捨てない。
今日この日までは変わらぬ関係のままで。
可憐はふっと息をつくと、穏やかな笑みを浮かべた。
「よし。あんたたちが付き合ってるってことはわかった。で?11月からってどっちから告ったわけ?清四郎から?」
ずいっと彼女は野梨子の脇から身を乗り出す。悠理の顔の血色が増した。
「そ、その、最初はあたいから、です。」
野梨子から解放された手を横座りした己の膝の上に置いてもじもじと言う。
「まあ!悠理からですの?」
と、野梨子は己の手を口に当てた。そして目の前の幼馴染二人の顔を交互に見る。
「そん時の清四郎の顔は見てみたかったよなあ。」
「じゃあ魅録の言う“不可抗力”ってなんだったのさ。」
美童が訊ねた。
「その付き合い始めの現場に踏み込んじまっただけだよ。悠理探しに行ったら、清四郎が悠理を後ろから抱っこしてたんだぜ?」
「まさか校内でなの?」
可憐が少し眉をしかめる。
信じられない。この表の顔は四角四面の清四郎が?
「はいはい。われながら大胆だったと思いますよ。」
清四郎がやれやれと言った感じで肩をすくめた。
「清四郎が照れてるよ。」
「珍しいですわ。」
「マジであん時は俺、どうしようかと思ったもんな。」
口々に仲間たちが言い、悠理は真っ赤になって俯いてしまった。仲間たちに知られるのはかなり照れる。
「報告といえば可憐たちも報告することがあるんじゃない?」
唐突に美童が口端を上げた。その視線は女性陣ではなく、魅録の方を向いていた。
いきなり話を振られて魅録は己の髪よりなお赤く頬を染めた。
「お、お前も見てたのかよ!」
そのやりとりを耳にして、清四郎はおやおや、という風に眉を上げる。
「昨日二人がデートに出かけるところを見ましたの。直後に美童に偶然会ったので教えましたのよ。」
野梨子が悠理にこっそり教えてやった。悠理はまじまじと野梨子の後ろにいる可憐を見つめた。
「な、なによ。あたしたちはまだ付き合ってないわよ!」
可憐も魅録と同じく頬を熱くしている。
「まだってことは付き合うってことだね。」
美童がにやにやとしたまま合いの手を入れる。
「あ、明日からね。」
ぷいっとそっぽを向いてしまった可憐に、彼女自身と魅録を除いた4人は吹きだした。
「り、律儀ー。」
「ですな。」
「お前らおもしれえよ。」
「でも二人らしいですわ。」
「で?悠理たちは結婚の日取りとか決まってんのか?」
ぽろっと魅録が訊くものだから、悠理はびっくり飛び上がって彼のほうへと振り返った。
「ま、まままま、まだだよ!」
「そうですね。親に報告したのも昨日の今日ですし、そこまではまだ決まってません。」
「あのおじさんとおばさんだったらあっという間に決めちゃいそうだよねえ。」
美童がしみじみ言うと、清四郎が肩をすくめた。
「まだ正式なプロポーズもしてませんし、その時はこちらが主導権を握らせてもらいますよ。」
「え?ちょっと待ってくださいな。それって婚約指輪じゃありませんの?」
野梨子が首をかしげる。今の今までそういうつもりで会話に参加していたのだが。
「ステディリングだよねえ。」
「清四郎がエンゲージリングを買うならもう2ランクは上のを買うでしょう。」
と、美童と可憐がすかさず返した。
魅録と野梨子はそういうものなのか、と顔を見合わせた。
「まあなんとなれば未成年ですし、まだ当分は学生でいるんですから、もう少し先の話ですよ。」
「かあちゃんが成人式用に振袖特注してるしな。」
清四郎と悠理はそう言って、互いに微笑みあった。
少しばかりはにかんだような二人の表情に、仲間たちも納得した。
悠理が受験勉強を頑張り、剣菱を継ぐために頑張っているのは恋のせいだった。
清四郎が穏やかに微笑むようになり、大人ぶっていた力みが消えたのは恋のせいだった。
二人が大人になったのは、恋のせいだった。
以前の壊れた婚約騒動のときとは違う。二人は互いに恋をしている。
それならば野梨子にだとて怒る理由はあるまい。
「ごちそうさまって感じだね。」
「ですわね。そして可憐と魅録にも、ですわよ。」
美童と野梨子がそう言って顔を見合わせたものだから、魅録と可憐も横目で視線を交し合って頬を赤らめた。
今日は卒業式。
魅録と清四郎は聖プレジデントから離れて行く。
そして二組のカップルが誕生した有閑倶楽部の関係も少しずつ変わって行くのだろう。
だが───
「とりあえず聖プレジデント大学に倶楽部の部室は確保しとけよ、お前ら。」
魅録が己のグラスを口に運びながら美童を指差す。
「なに?やっぱり出入りするの?せっかく野梨子と二人で過ごす時間が増えてチャンスだと思ってたのに。」
美童がさらりと言う。
「何のチャンスですの?美童。」
野梨子が眉根を寄せてぼそっと咎める。
「いくらなんでも野梨子を落とそうなんて無謀じゃない?美童。」
「だよなあ。あたいらみんな美童の本性知ってるしさ。」
「それは言えてますね。」
たたみかける3人に野梨子は黙ってグラスを口に運び、魅録はくっくっと肩を震わせて笑い、美童は憮然と口を尖らせた。
「本性ってなんだよ、本性って。」
「救いようのないナルシストで面食いでスケコマシ。」
間髪いれずに可憐が言うので、美童はがっくりと項垂れた。
「そこまで言わなくても・・・」
「ホントのことだよな。」
「とどめをさすな、悠理。」
魅録が苦笑しながらよしよしと美童の背中をさすってやった。
野梨子はそんな光景に思わず目を細めた。
倶楽部の皆の関係が変わっても、こんな風に6人で集まればやっぱり変わらぬ光景が展開されるのだろう。
多少の不安がないではないし何の約束があるわけでもないが、なんとなくそんな風に思えた。
「あの夢はやっぱり正夢になりそうですわね。」
「夢って?」
いつの間にやら口に出していたらしい。悠理に問い返されて気づいた。
「前に言ってた遠い将来の話、ですか?」
清四郎が訊ねる。悠理がちょっと眉をしかめる。二人だけでわかってるのが面白くない。
野梨子は悠理のそんな様子にも気づかずに、にっこりと微笑んだ。
「ええ。みんながおじいちゃんとおばあちゃんになっても、やっぱり6人でにっこり笑ってお茶を飲んでましたの。」
「へえ、気が長い話だな。」
と、魅録が言う。
「それまで腐れ縁は続いてるってことですよね。」
清四郎もぽんぽんと悠理の頭を叩くように撫でながら言う。だから悠理の顔も綻んだ。
「よし!じゃあその夢を現実にするためにも、僕と結婚しよう!野梨子!」
「なんでいきなりそこへ行くのよ!」
と可憐がぽこんと美童の後頭部にツッコミを入れた。
きっとそれは遠い将来の現実。
明日から新しい自分たち。
それでも変わらない何かを信じているからこそ、新しい明日へ踏み出せる。
「卒業おめでとう。」
(2005.3.17)
(2005.3.18公開)
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