2015/02/19 (Thu) 23:56
車の中、悠理は己の体を抱きしめた。
まだ、あの男の熱の余韻が残っているような気がしたのだ。
あの瞳に見つめられると、ただ体が熱くなった。
黒い瞳が、彼女を見つめる。
唇が、体を愛撫する。
首筋から胸元。
胸元から腹。
そして─────
男の熱い指が体を辿る。
初めはさらさらと彼女のふわふわの髪を梳いてくれる。
唇の動きとともに指も体を下降していく。
項をそっと指の腹で撫で。
胸の頂を唇がなぶる間に逆の胸を指先でそっとなぞる。
その小さな臍のくぼみを舌で清めながら、手は背中をそっとさする。
そこまでくると彼女の脚は力をなくしている。
彼は彼女の脚を軽々と抱え上げると、内腿に唇をつけた。
そう。それが彼女を高みまで押し上げる最後の扉へのノックなのだ。
「お嬢様?寒いのですか?」
自らの体を抱きしめ、ぶるり、と体を震わせた彼女に、運転手が気遣わしげな声をかける。
悠理は少し微笑んだ。
「いや、ちょうどいいよ。ありがと。ちょっと考え事してただけだから。」
天真爛漫な彼女を悩ませるもの。
いつもなら明日の小テスト。
近づく定期テストの前の試験勉強への恐れ。
長期休暇を台無しにする補習授業。
そして、これは一部の使用人しか知らないことだが、他の人の目には見えない者たち。
最後の一つのことも知っている少数派である運転手は、だからそのうちのどれかのことだろうと思いながら、忠実に剣菱邸への道を行くのだった。
こうして彼に触れられなくなった今、思い出すのは上り詰める瞬間の快楽ではなくて。
あの黒い瞳。
悠理の唇に煽られ、切なげに彼女を見つめる瞳。
彼女に快楽を与えながらも、じっと彼女を見透かすかのように見つめる瞳。
そして、上り詰めた彼女を温かく抱きしめる、あの腕。あの広い胸。
彼女を落ち着かなくさせる瞳と。
彼女をなによりも安心させるあの腕と。
「あーもうやめやめ!こんなことで悩むなんてあたいらしくない!」
車から降りたとたんに拳を握り締め逆の手で鞄をぶんぶんと振り回す令嬢の姿に、出迎えたメイドたちも慣れているとはいえ一瞬、顔を引きつらせた。
ここの一家が何を考えているかわからない(長男・豊作氏だけは唯一まともに見える)のは今に始まったことじゃない。
だが、部屋でにこやかに菓子をほおばる彼女の気分転換のひと時も長くは続かなかったのである。
一方、倶楽部の男性陣に問い詰められその心情を吐露せずにいられなかった清四郎は、とぼとぼと家への道を辿っていた。
さすがに悠理と何をしていたかまでは彼らに明かすことは躊躇われた。
美童などはあらぬ想像をしていたようだ。
現実はもっともっとグロテスクだったのだが。
「一つだけ誤解のないように言っておきますけど、僕は悠理の処女膜にキズ一つつけちゃいませんから。」
その言葉で石化した魅録と、妄想の迷路に入り込んだ美童とを置き去りにして逃げるように生徒会室を後にしたのだった。
しばらくは彼らと三人だけになることは避けなければいけませんね、と頭を抱えた。
「あら、清四郎。いま帰りですの?」
隣家の門までほんの数歩というところで、タクシーが止まった。
そこから降りてきたのは彼よりも先に生徒会室を出た、幼馴染の少女だった。
「いままで仕事だったんですのね。お疲れ様ですわ。」
いつもどおりに微笑んで挨拶を交わしてくれたが、ほんの少し違和感を感じた。
「なにかありましたか?野梨子。」
だが彼女はぴくりとも表情を変えなかった。ただ、体の向きを門のほうへと向けただけだった。
「いいえ、別に。つい本屋で夢中になってしまいましたの。疲れましたので失礼しますわ。」
その彼女のそっけなさはいつもどおりとも言えたし、いつもとは違うとも言えた。
清四郎はそれも、今の自分の心が乱れているせいなのだろうかと、そう思った。
昨日と同じようで、毎日同じようで、だが少しずつ変化していく時間。
触れなくなったことに対して、悠理は何も言わなかった。
彼がそれでも未練がましく見つめ続けることに対しても彼女は何も言わなかった。
気づいてないはずはない。
美童が気づいたように、己の視線を浴びる彼女はいつも苦しげだったから。
清四郎が彼女の肌に快楽を教え込んだときのように、熱を帯びていたから。
彼女の熱い肌が触れる。
彼の胸を唇が這う。
それだけで暴発しそうな彼を、彼女は優しくそっと手で愛撫する。
気をやったばかりでまだ湿りを帯びた彼女の泉が彼の大腿に触れる。
そうだ、先に仕掛けたのは彼。
彼女を包み込むように抱きしめるのも彼。
普段は彼女をいいように手なずけているのも彼。
だけれど、肌を触れ合わせるときは、いつだって彼に余裕などなかった。
いつも彼女の瞳の中に、何かを探していた。
何を探しているのか気づいたとき、彼は彼女に触れることができなくなった。
触れることなどできない。
いま彼女に触れられたら己を抑える自信などない。
すべてを奪いつくしてしまいそうになる。
だから、そっと彼女を見つめる。
それだけが彼に許された、ただ一つの行為。
彼が己にただ一つだけ許した、彼女への愛撫。
そして視線に反応して彼女の瞳に宿る艶が、彼の心をかき乱す。
「・・・潮時かもしれませんね。」
友人連中に知られた、今が潮時なのだろう。
彼女のためにならぬと手を離したのも自分だった。しかし見つめることをやめることなどできなかった。
こんな関係も彼女のためにはならない。それはわかっているのに。
彼女を何度も快楽へと導いた自室のベッドに身を横たえ、清四郎は静かに目を閉じた。
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