2015/03/06 (Fri) 22:17
たったったったっ
スニーカーで走る音が聞こえる。
ああ、朝だ。と、まどろみの中で男は思う。昨夜もどうやら飲みすぎたようだ。
午前5時。路上でまどろむには危険なくらいに寒い。今は3月。
冷えた空気にぶるんと頭を一回振るって、途中休憩から立ち上がった男はかなりの上背の持ち主だった。酒に呑まれてふと座り込んだはいいが、このままではまどろんで凍死へ一直線だ。
いくらなんでもスイーパーの死に方としては情けなさ過ぎる。
裏町で野垂れ死ぬにしてももう少し歳をとってロートルになってからだ。いや、あの女が傍にいる限りはそれでもまだダメだな。
ふと思い浮かべた顔は親愛なる同居人だった。
吐き気がするほどぬくぬくとした感情に襲われて、それこそ反吐を吐きそうになって男は道端に再びかがみこんだ。
こんなに酒が堪えるなんて、な。肝臓が弱ってきたかな?
明るい酒飲みは肝臓をやられやすくて、陰湿な酒飲みは膵臓をやられやすいってどっかの医者がテレビで主張していた。さしづめ俺みたいなのは両方一緒くたにやられるくちだな。
しかしこの街はこんな時間でも人通りが絶えない。さすがに数こそ減っているが。
よいどれや徹夜明けの千鳥足と、早朝のジョギングや新聞配達の規則正しい足とが交錯するこの時間だ。
車も時折通り過ぎていく。これから帰るのか?出かけるのか?
またぞろ、よろめき歩き出した男はぴしゃん、という音と、それに遅れて爪先にしみこんできた冷たさに、自分が水溜りを踏んでしまったのだと気づいた。
そういや昨夜、飲み始めてすぐに雨が降っていたっけか。
おかげで俺は硝煙のにおいを酒で紛らすと言ういつものささやかな抵抗をする必要はなくなったのだが、それでもやっぱり、飲んだ。雨で硝煙のにおいは流れてしまったのに。今頃マンションで待つ女の髪からも硝煙のにおいは落ちてしまったろうに。それでも、飲んだ。
あ、傘を置いてきちまったな。傘を忘れやすい時間帯は降っていた雨がやんだとき。傘を盗まれやすい時間帯は急に雨が降り出したとき。
さて、と。あのなんの飾り気もないビニール傘を俺はどの店に置いてきたんだったか?というかあの傘はどの店で客用に配ってくれていたんだったか。忘れ物の傘を再利用していたんだったな。あれも再利用されるんだな。
まあ、いい。まったく惜しくはないから。
爪先にしみこんだ冷たさは彼の頭を覚ますのにちょうどよかった。
車も通るし、人もいるが、やっぱり静かだ。
文字通り今から街が目覚めていくのだ。
CITY HUNTERが棲む町、新宿が、目覚めるのだ。
しん、とした空気を汚れた肺いっぱいに吸い込んだ。
いつか愛しきパートナー君にもこの時間を教えてやろう、と思った。
この時間だけは天使が呼吸するのにふさわしい清浄な空気が満ちているから。まだ街の汚さは地面にへばりついているから。
そして冴羽撩も、束の間の眠りをむさぼるために己の居住空間としてすっかり肌になじんだマンションへと潜っていった。
この束の間の街の眠りの時間を通り抜けて。
(2004.1.1)
(2004.8.20公開)
(2004.8.20公開)
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