2015/03/06 (Fri) 22:35
「ねえ、撩」
「なんだー?」
「星が綺麗よ」
「だなー」
小さな声とともに吐き出される白い息。
生きている。生きている。
山の中での銃撃戦。終わって帰るその途中。
撩はミニを路肩に寄せた。
「ちょっと出るか?」
東京まで戻ってしまえばこの見事な星空は光の洪水に飲まれてしまう。
東京の夜空は赤い。夜闇などという言葉が絵空事のように、赤い。
だから、香はにっこりと微笑んだ。
「うん」
空気がつきん、と鼻の粘膜を刺す。冬の匂いがする。
さすが郊外。夜気が鋭くて、硬い。
蒸留水は粘膜には毒にもなりうるのだとか聞いたことがある。
澄みわたる冬の空気も、過ぎれば尖るということか、と撩は煙草に火をつける。
毒の煙ですらも温かく感じる。
「うーん」と香が急にうなるものだから、「便秘か?」と訊く。
「違うわよ。星座を見てるの!」
即座に怒鳴り返してくる声は、近くに人家などがあるわけでもないのに少しばかり潜められている。
「あたしってば、オリオン座以外は知らないんだなーって」
小学校の教科書で見た、勇者の腰のベルト。あの三連星は見間違えようがない。
「俺もオリオン以外はよくわからんな」
「え?」
意外そうに香が撩の顔を見上げた。
戦場で育ったこの男は迷いなくサバイバルには強いのだと認識しているのだが。
「ジャングルじゃところどころで頭上しか星空は見えなかったからな。だから地平近くの北極星も見たことはないし、この時期、真夜中にほぼ天頂に見えるのはオリオン座だった」
一応、日本と違っておうし座も昴も、ふたご座もしっかり見えたけどな。
「ふうん、そうなんだ」
香の目に浮かぶのはオリオンの姿に自らを重ね、仲間らを重ね、近寄る蠍に隙を見せず肩を寄せ合う戦場の男たち。
まだ幼く小柄な少年と、彼にオリオンを教える勇敢な男。
そっと撩に肩を抱き寄せられる。
香はその胸に、頬を寄せた。
(2006.12.23)
(2009.1.17公開)
(2009.1.17公開)
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