2015/03/18 (Wed) 22:21
血の匂いと、闇を纏う者の気配がする。
物騒な時勢が続いて闇を背負った人間が溢れかえった時代が過ぎて、最近では少し減ってしまったものだ。
だから、珍しくも極上のその闇は彼らを強くひきつけた。
40年前だったかに取り込んだ童のそれのごとく、純粋な声は、彼らを従わせる強さを持っていた。
「だれでもいい、あの男を殺して!」
それは悲痛なまでの童女の叫びだった。そばに血まみれの老女が事切れていた。
志鶴・・・という声を聞いた気がしたが、紫紅にはその童女しか目に入っていなかった。
美しい瞳だった。
意志の強い瞳だった。
純粋で、妖かしを強く惹き付ける瞳だった。
「その願い、聞き届けてやろう。」
と言った紫紅の空気を振るわせる涼やかな声に、彼女は振り向きもしなかった。
彼らが彼女に従うのが当然であるかのごとく、じっと憎い男を睨みつけていた。
だから、彼らには彼女に従う以外の選択肢はありえなかった。
純度では彼女には劣るが、やはり時代の闇に取り付かれた男がそこにはいた。
凄惨なその絵図を呆然と見詰める彼女の瞳を、紫紅はじっと見つめた。
彼女は紫紅の妖艶な姿など、まったく見てはいなかった。
彼から漂う色香になどまったく気づかなかった。
面白い、と思った。
いつもなら絵師に与えられた自分の姿に骨抜きにされた女たちの生気を盗み取る紫紅である。
しかしその時は違った。
彼自身がその少女に骨抜きにされてしまったのだった。
「また逢おうぞ。」
彼は彼女に微笑を残した。
幼い身で過酷な光景を見てしまった彼女が、誰よりも大事な人を亡くしてしまった彼女が、今日の出来事を忘れてしまうだろうと予感しながら。
その嫣然とした夜来香を思わせる彼の微笑を忘れてしまうだろうと予感しながら。
彼は微笑んだ。
(2004.7.17)
(2004.9.8公開)
(2004.9.8公開)
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